
淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④
第7章 天上の楽園
これからも、こんな風にいつも傍にいてこの男(ひと)と同じ時間を過ごしたい。そんな想いが唐突に湧き上がり、自分でも考えてもみなかった想いに愕いた。
しばらく花々の間を飛んでいた蝶は、やがて気紛れでも起こしたのか、天高く舞い上がり、空の蒼に吸い込まれていった。
春泉がいまだ名残惜しげに蝶の消えた方を見上げていると、秀龍が言った。
「願えば、想いは通じるものなのだな」
え、と、春泉が問い返す暇もなく、秀龍がこれ以上はないというほど優しい笑みを見せる。
刹那、春泉の胸の鼓動が跳ねた。
「そなたと同じものを見たいと願っていたから、黄金色(きんいろ)の蝶が眼の前に現れてくれたのだろう」
もしかしたら、自分たちが見た先刻の蝶は、本当は黄色だったのかもしれない。たまたま光の当たり具合で黄金に染まって見えただけでは?
ふと、そんな気がしたけれど、春泉は秀龍には言わなかった。
秀龍は三年前の科挙では武科で首席合格を果たしたほどの俊英だ。この世に黄金の蝶が存在するかどうかなど、今更、春泉がわざわざ言わなくても、理解しているに決まっている。
秀龍は春泉の言葉を、いや、彼女を信じたかった。だから、あり得ないお伽話のような話でも何の躊躇いもなく信じてくれた。
そして、春泉はその秀龍の気持ちが素直に嬉しかった。だから、秀龍の言葉を否定しなかったのだ。
想いに耽る春泉の耳を、秀龍の弾んだ声が打つ。
「この牡丹の園を何と呼ぶか知っているか? 春泉」
「いいえ」
ここは距離にすれば、都からさほど離れてはいない。漢陽の町を抜けて更に北へと進んだ辺りで、この野原を抜けると、都を囲む山々に至る。馬を全速力で走らせて、往復四時間から三時間半といったところだ。
しばらく花々の間を飛んでいた蝶は、やがて気紛れでも起こしたのか、天高く舞い上がり、空の蒼に吸い込まれていった。
春泉がいまだ名残惜しげに蝶の消えた方を見上げていると、秀龍が言った。
「願えば、想いは通じるものなのだな」
え、と、春泉が問い返す暇もなく、秀龍がこれ以上はないというほど優しい笑みを見せる。
刹那、春泉の胸の鼓動が跳ねた。
「そなたと同じものを見たいと願っていたから、黄金色(きんいろ)の蝶が眼の前に現れてくれたのだろう」
もしかしたら、自分たちが見た先刻の蝶は、本当は黄色だったのかもしれない。たまたま光の当たり具合で黄金に染まって見えただけでは?
ふと、そんな気がしたけれど、春泉は秀龍には言わなかった。
秀龍は三年前の科挙では武科で首席合格を果たしたほどの俊英だ。この世に黄金の蝶が存在するかどうかなど、今更、春泉がわざわざ言わなくても、理解しているに決まっている。
秀龍は春泉の言葉を、いや、彼女を信じたかった。だから、あり得ないお伽話のような話でも何の躊躇いもなく信じてくれた。
そして、春泉はその秀龍の気持ちが素直に嬉しかった。だから、秀龍の言葉を否定しなかったのだ。
想いに耽る春泉の耳を、秀龍の弾んだ声が打つ。
「この牡丹の園を何と呼ぶか知っているか? 春泉」
「いいえ」
ここは距離にすれば、都からさほど離れてはいない。漢陽の町を抜けて更に北へと進んだ辺りで、この野原を抜けると、都を囲む山々に至る。馬を全速力で走らせて、往復四時間から三時間半といったところだ。
