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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第1章 柳家の娘

 なるほど、確かに、先ほどの手際は鮮やかだった。露天商が見ても、誰が見ても、垢抜けない色黒の娘を上手いことを言っておだて上げ、その気にさせてしまった手練手管は見事としか言いようがない。
「女ってえのは摩訶不思議な生きものだからな」
 露天商はぼやきながら、首をひねる。
 光王にまんまと乗せられ、あの娘はボウッとなったらしい。すると、面妖にも、色の黒いパッとしなかった娘の頬に赤みがさし、眼がまるで潤んだようにキラキラと輝き始めたではないか! 
 頬をうっすらと上気させ、眼を潤ませた―ただのそれだけのことで、娘が別人のように見え始めたから、世の中はまだまだ判らないことが多すぎる。なるほど、言われてみれば、確かに娘の厚ぼったい唇は紅など差してないのだろうし、紅などなくとも十分に艶やかで、口づけを誘っているように見えないこともない。
 光王が先刻の科白を本心から口にしたかどうかまでは判らないけれど、噂どおり、女をその気にさせるすべにかけては侮れない―というのは本当のようである。
 それにしても、十七、八の小僧がどうやって、そんな女をその気にさせるすべを身につけたものやらと、露天商は大真面目に考えた。
 相当の修羅場をかいくぐってきたんだろうな、あの若造は。でなけりゃア、あんな風に闇の世界を牛耳る親分そのもののような威厳なんぞが十七、八のガキにつくもんじゃねえ。
 光王についての噂が嘘でなければ、光王はまだ十七のはず。彼のいちばん上の二十歳になる息子より年少なのだ。
 この頃では、女房の奴は俺より稼ぎの良い長男の方を大事にしてるからな。くそっ、誰が一家のご主人さまだって言いやがるんだ。この俺じゃねえか。
 彼の息子は幼い頃から、できが良かった。小間物屋の倅は字でも計算でもすぐに憶える神童だと噂が噂を呼び、聡明なところを見込まれ、とある商家の坊ちゃんの側仕えに上がっている。是非住み込みでと言われたのに、通いを希望してもそれがすんなりと通るほど、向こうは倅を跡取りの側仕えとして欲しがった。
 いずれは、その商家の執事となるのだと、女房が我が事のように誇らしげに語っているのが、まるで
―父親は甲斐性なしなのに。
 とあからさまに言われているようで、何故かいつも癪に障った。 

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