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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第2章 ひとりぼっちの猫

 考えてみれば、母は可哀想な人だった。女として満たされない鬱憤を晴らそうと、ひたすら空虚な日々を重ねている。
 父が自分や母に贅沢をさせるために、裏でどのようなあくどいことを重ねているか。知らぬ彼女ではない。清国から携えてくる品々の中、表立って、つまり正規のルートで売る物はほんの一部で、後は隠密裡に高値で両班や金持ちに売りつける。時には、領(ヨン)議(イ)政(ジヨン)や礼(イエ)曹(ジヨ)判(パン)書(ソ)といった大臣クラスの高官に賄(まいない)として贈ることもある。そうやっておけば、不正な取り引きをしていることを役人に見逃して貰えるからだ。
 自分たちが日々、身に纏う服、口にする山海の珍味、それらすべてのものが父が不法な商いをして儲けた金で賄われている。それを知りながら、奢侈な日々を過ごしている我が身は何という浅はかでおぞましい人間かと思わずにはいられなかった。
 多分、母はその生活に疑問すら抱いたこともないのだろう。嫌悪する良人が卑怯な手段で得た金を平気で使って享楽に耽っている。ある意味、あくどい金儲けをしている父より罪深い女ともいえた。
 父の言うように、金ですべてが解決できるのであれば、母の淋しさはとうに癒やされているはずだ。母が本当に欲しいのは贅沢な生活でも美しい衣装やきらびやかな宝飾品でもない。求めるのは、父の愛情、心なのに、父はどうして、それが判らないのだろう。
 春泉はお気に入りの手鏡を覗き込む。
 鏡の中には、いつもどおりの変わり映えしない自分がいる。コンプレックスの塊―、色の浅黒くて、狐のように細いつり眼で、小さな顔には不似合いなほど分厚くて大きな唇。
 この容貌では、母が幾ら娘の縁談探しに奔走しても、結果が芳しくないのは当然だろう。
 その時、ふいにあの男の声が耳奥でありありと甦った。
―唇なんて、かえって、艶めいていて男の好き心をそそる―色っぽい口許だぞ。
 馬鹿な私。あんなろくでもないチンピラの言うことを真っ正直に信じるなんて、どうかしてる。
 春泉は幾度もこだまする男の声を振り払うように、勢いよく首を振った。
 もう一度、鏡を覗き込んでみる。鏡の持ち方を変えて、角度を変えて眺めてみた。
 そういえば―、確かに、色も言うほど黒くないかもしれない。あいつの言うように、もっと白粉を濃くしてみれば、どうなるだろうか。

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