淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④
第9章 哀しい誤解
むろん、律儀に翠月楼に通う彼は、世間からは〝男の趣味には煩い傾城香月が唯一、自ら望んで身体をゆるした色男〟ということになってはいるが―。秀龍自身はそういった世間の噂や風評には全く無頓着だから知らないが、皇秀龍というのが、これまでが真面目すぎるほどの堅物で通っていただけに、この噂は今や漢陽中でひそかに囁かれているほど広まっていた。
柳家の執事が酒場で聞いたという噂がなによりの例だろう。
香月が実は男だというのは、翠月楼の女将以外は誰も知らない極秘事項だ。
なので、香月は客を取らない。よほど気に入った客でなければ迎えないが、たとえこの部屋に運良く入れた男がいたとしても、絶対に香月の褥までは入れない。せいぜい手を握らせて貰えるのが関の山だ。―今まで褥を共にした男は数人程度という噂の真相が、これである。つまり、その世にも幸運な数人は香月を抱いたわけではなく、部屋に入るのを許して貰えたのだ。
傾城香月は気位が高く、選んだ客としか寝ないということにしているのは、実はそのようなカラクリがあったからなのである。とはいえ、香月が客と寝ることは今のところ、絶対にあり得ないのだが、噂というものは、その点、良い加減なものだ。全くの出たらめということはないが、かといって、真実そのものでもない。
大抵の場合、幾ばくかの真実を含んだ大きな嘘―、それが世間でいう〝噂〟の正体である。
「大体、男の俺がチマチョゴリを脱いだって、面白おかしくも何ともないだろ? なのに、その助平親父、何と俺を押し倒そうとしやがったんだぜ? 左議政か何だか知らないけど、お偉いさんだから、流石に断り切れなかったって女将は言ってたけどさあ。まあ、これが物凄い馬鹿力で、俺も正直、びっくりしたよ。あんな鶏ガラのように痩せてるのに、どこにそんな力があるんだってえの。事前にしこたま呑ませといた酒に眠り薬混ぜてたから、のしかかってきたところ、急にコテンと伸びちまって、後はグーグー高鼾。ホント、危機一髪のところを、やっと助かったよ」
滔々と昨夜の武勇談ならぬ敗北談を語る香月に、秀龍は半ば同情のこもった、半ば呆れた眼を向ける。
「ああ、お前のしてることは、本当に危なっかしくて見てられないな」
柳家の執事が酒場で聞いたという噂がなによりの例だろう。
香月が実は男だというのは、翠月楼の女将以外は誰も知らない極秘事項だ。
なので、香月は客を取らない。よほど気に入った客でなければ迎えないが、たとえこの部屋に運良く入れた男がいたとしても、絶対に香月の褥までは入れない。せいぜい手を握らせて貰えるのが関の山だ。―今まで褥を共にした男は数人程度という噂の真相が、これである。つまり、その世にも幸運な数人は香月を抱いたわけではなく、部屋に入るのを許して貰えたのだ。
傾城香月は気位が高く、選んだ客としか寝ないということにしているのは、実はそのようなカラクリがあったからなのである。とはいえ、香月が客と寝ることは今のところ、絶対にあり得ないのだが、噂というものは、その点、良い加減なものだ。全くの出たらめということはないが、かといって、真実そのものでもない。
大抵の場合、幾ばくかの真実を含んだ大きな嘘―、それが世間でいう〝噂〟の正体である。
「大体、男の俺がチマチョゴリを脱いだって、面白おかしくも何ともないだろ? なのに、その助平親父、何と俺を押し倒そうとしやがったんだぜ? 左議政か何だか知らないけど、お偉いさんだから、流石に断り切れなかったって女将は言ってたけどさあ。まあ、これが物凄い馬鹿力で、俺も正直、びっくりしたよ。あんな鶏ガラのように痩せてるのに、どこにそんな力があるんだってえの。事前にしこたま呑ませといた酒に眠り薬混ぜてたから、のしかかってきたところ、急にコテンと伸びちまって、後はグーグー高鼾。ホント、危機一髪のところを、やっと助かったよ」
滔々と昨夜の武勇談ならぬ敗北談を語る香月に、秀龍は半ば同情のこもった、半ば呆れた眼を向ける。
「ああ、お前のしてることは、本当に危なっかしくて見てられないな」