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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第10章 予期せぬ真実

「一度娶った妻であれば、生涯離さぬのは当たり前だ。それに、春泉。私は祝言の日、そなたをひとめ見たときから、恋に落ちた。自分には生涯、この女しかいないと思ったのだ。そのように思える女にめぐり逢えたことが全くの偶然だと思えば、普段は信心したことのない神や仏にも感謝する気になったほどだよ」
 いつになく軽口を口にする秀龍に、春泉は涙を堪えて微笑んだ。
「我が家の、いえ、自分の両親の恥をお話しすることになるようで恥ずかしいのですが、私の父は生前、母以外にも多くの女人を侍らせていました。母はそのことで、随分と苦労したのです。父の放蕩で、母はいつも苛々としていて、父とは冷たくよそよそしい関係でした。私は物心つくかつかない頃から、ずっと険悪な仲の両親を見て育ちました。母を見ている中に、たとえ女に生まれても結婚などするものではないと頑なに思うようになったのです」
 私が見る母はいつも幸せそうではありませんでしたから。
 春泉は終わりに小さな声でそう付け足した。
 秀龍は真摯な表情で春泉の話に耳を傾けている。
「そなたが祝言の夜、私に形だけの妻でいたいと言ったのは、そのためだな?」
「はい」
 春泉は小さく頷くと、顔を上げ、正面から秀龍を見た。
「けして秀龍さまを嫌いとか、いやだとか思ってのことではありません。それだけは信じて下さい。とはいっても、あの夜は、これから何が起こるか判らなくて、怖かったのもあったのですけど」
 秀龍はその言葉を聞くや、思案顔になった。
「これは口にしようかすまいかと思ったのだが、そなたは男嫌いなのか?」
 その科白には、春泉は意外なことを言われた気がして、小首を傾げた。
「何故ですか?」
「そなたが形だけの妻でいたいと言ったのは、そういう意味合いもあったのではないかと思っていた。特に私だけでなく、男という生きものが嫌いというか苦手なのだとすれば、そなたがあの夜、私に言ったことも得心はできる。春泉、実のところ、どうなのだ。けして怒りはしないから、正直に応えてくれ。もし、そなたが男嫌いで私を受け容れられぬというのなら、この先、私に望みはない」

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