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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第11章 男装女子

 しかし、春泉は光王の差し出された手を取らなかった。
 あの選択は今でも正しかったのだと思える。実の父を殺し、母を辱めた男と幾ら愛しているからといって、生涯を共にできるとは思えない。真実はいつか二人の間に翳りを落とすだろう。
 それが判っていたからこそ、春泉は光王についてゆかなかった。
 光王はもう既に過去の男、それは紛れもない事実。でも、英真のようにどこか光王の面影を彷彿とさせる男に出逢うと、心は微妙に揺れ動く。
 それは、もしかしたら、秀龍への裏切りといえるのだろうか。
 翠月楼を出た春泉は、自分の心が予想外に波立っているのに気づき、愕然とする。
「可愛い旦那さま、うちでゆっくりとしていって下さいまし」
 翠月楼の向かいから丁度出できた妓生らしい女が嬌声を上げて近寄ってくる。
 時刻はそろそろ黄昏が近いが、色町はまだ夜の賑わいには遠く及ばない。それでも、人通りは増え、妓生たちもそれぞれ馴染みの客を出迎えるために化粧などの身支度を整え始めている。
 もう少しして陽が落ちてきたら、妓房の軒先にぶら下がっている鮮やかな提灯に灯りが点るはずだ。
「旦那(ソバ)さま(ニム)~」
 甘えた声音ですり寄られ、春泉はギョッと身を強ばらせた。
 こんなところで、妓生に掴まってしまったら大事である。何しろ今の自分は男に見えるように変装しているのだ、部屋に引っ張り込まれて衣服でも剥ぎ取られでもしようものなら、更に一大事、万事休すだ。
「い、いや、折角だが、急いでおるので、今日は失礼する」
 春泉はできるだけ低い作り声で応え、そそくさと女から離れた。
 人波に紛れた春泉に向かって妓生は舌打ちし、あかんべえをして見せる。
「何さ、どうせ親の脛をかじってる両班の放蕩息子の癖に。お高く止まっちゃってさ」
 まだ十七、八の妓生は丸顔で美人とはいえないが、気取ったところがなく、愛敬があった。彼女はひとしきり聞くに堪えない悪態をを吐くと、また新たに通りかかった商人らしい中年の男に飛びついた。

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