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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第13章 陽溜まりの猫

 だが、春泉は笑って言った。
―残念なことに、小虎と良い夫婦になると思った素花はいなくなってしまったでしょう。だから、今度は何となく幸せが―春風のような時間が少しでも長く続けば良いなと思って、こういう名前にしたの。
 それは心からの願いでもあった。
 もちろん、犬と猫が夫婦になることなど、あり得ようはずはないのだが、それでも、新たな〝家族〟の一員になった長春と小虎や仔猫が仲好くしてくれればと思わずにはいられなかった。
 突如として、仔猫がクシュンと小さなくしゃみをした。
 春泉はその愛らしい仕種に思わず微笑む。
 と、廊下から声が聞こえた。
「若奥さま、少しよろしいですか?」
 ほどなく、部屋の両開きの扉が開き、オクタンが顔を覗かせた。
「どうしたの?」
 春泉は何げなく問いかけ、オクタンの顔を見て、愕いた。いつもは血色の良いつやつやとした頬が白く、血の気がない。
「オクタン! 随分と顔色が悪いわ。具合でも悪いの?」
 オクタンは小さく首を振り、弱々しい微笑を浮かべた。
「いえ、何というほどのこともございませんよ。若奥さま。それよりも、門前に若奥さまにお逢いしたいという客人がお見えなのですが」
「お客さま? お義母さまではなく、私に逢いにこられたというのね」
 春泉はその報告に少なからず愕いた。自分を訪ねてくる客人といえば、実家の母以外には思い当たる節がない。
「はい、確かにそのようにおっしゃいましたよ」
 そこで、オクタンは言いにくそうに付け足した。
「若い女ですよ。若旦那(ソバ)さま(ニム)のお知り合いだとか言ってますけどね」
「旦那さまの知り合い?」
 春泉の中で、何か嫌な予感がむくむくと暗雲のように湧き起こった。
 もしかしたら、オクタンの顔色が冴えないのも、そのせいなのかもしれない。
 オクタンが春泉を気遣うように言った。
「帰らせますか? 若旦那さまとどのような関係かは存じませんが、とりあえずは、まず若旦那さまに事の次第をお話してから、女にお逢いになった方がよろしいのでは?」

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