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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第14章 月下の真実

月下の真実

 透明な朝の陽差しが地面に差し込んでいる。
 穏やかな春の息吹が至るところに満ち満ち、林立する桜の樹はどれもほぼ満開である。
 春泉は小高い丘をゆっくりと上った。
 丘の上には桜が一定の間隔で植わっている。何十年か前、さる妓房の妓生を贔屓にしていた富裕な商人がここに桜を植えさせたらしい。寵愛していた妓生が殊の外桜を好んだからだと謂われている。
「英真さま」
 少し離れた後方から呼びかけると、香月こと英真がゆっくりと振り向いた。
 今日の彼は妓生の姿をしている。やはり、ここでは人眼があるからだろう。萌葱色のチョゴリに鮮やかな黄色のチマがふんわりとひろがっている。そのなりで桜の樹々の間に佇む姿は、さながら高名な絵師の手になる美人画を眺めているようだ。
 高く結い上げた髪型は妓生特有のもので、様々な玉の簪を挿しており、それらが一斉に朝陽に煌めいている。
 愕いたことに、香月は見知らぬ子どもと一緒だった。八歳ほどの、なかなか眼鼻立ちの整った少年だ。粗末なパジチョゴリを纏ってはいるものの、きちんと洗濯もされていて、こざっぱりとした印象である。
 長身の香月が身を少し屈め、少年の耳許で何か囁くと、少年は大きく頷き、風のような勢いで走り去ってゆく。
 春泉の前を通り過ぎる間際、春泉をじろじろと眺めていたかと思ったら、ニヤリと笑って
「これがお頭(かしら)の女か」
 などと、実に小生意気な口調で言い捨てていった。
 春泉は唖然として、少年の後ろ姿を見つめている。
 そんな春泉に向かって、香月は笑いながら言った。
「あの子は〝家〟で暮らしてる子どもさ。まだ一年ほどしか経ってない新入りだけど、兄貴を神さまのように崇拝しているよ。一昨年の冬、都でも質の悪い風邪が流行っただろ? あれに両親と幼い妹がやられちゃって、みなし児になっちまったんだ」
 秀龍が面倒を見ている孤児院の子ども―、春泉は改めて少年の去っていった方角を振り返っても、もうその小さな後ろ姿はどこにも見当たらなかった。

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