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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第14章 月下の真実

 今すぐにでも、秀龍の胸に飛び込んでゆきたかったけれど、それはできない。
 まず、勝手に屋敷を飛び出したことを詫び、それから、あのことについて訊ねなければ。
 それは、やはり、見て見ないふりはできない問題だった。秀龍を慕っていればいるほど、春泉にとっては、放っておけない問題だ。
 たとえ、応えを聞いて、秀龍の傍にいられなくなったとしても、何も知らずにだらだらと曖昧な関係を続けてゆくようなことだけはしたくない。
 我が儘と言われようと、春泉は他の女人と秀龍の愛を分け合うなんて器用なことはできない。両班家の奥方なら、良人が側室の一人や二人持つのは当たり前と寛容に構えているのが当時の常識であった。その時代に、春泉は秀龍に自分一人を見て欲しいと願っている。
 それは恐らく、他の人から見たら、とんでもなく非常識なことなのだろう。でも、春泉は、春泉なりの愛し方しかできない。もし、秀龍があの女官と別れたくないというのなら、秀龍の妻でいることはできないのだ。
「愕かせてしまったかな」
 鼓動を立てる心臓を落ち着かせようと、片手で胸許を押さえる春泉を見て、秀龍が笑う。
 だが、鼓動がいつになく跳ねるのは、びっくりしたからだけではない。多分、恋しい良人に一日ぶりに逢えたから。
 二人は互いにしばらく見つめ合っていたが、やがて、どちらからともなくほぼ同時に声を発した。
「あの―」
「実は」
 やはり同じくハッとし、また二人して顔を見合わせた。
 コホンと、わざとらしい咳払いの後、秀龍が肩を竦めて見せる。
「そなたが私の話を聞いてくれる気になったと英真から聞いて、ここに参ったのだが」
「はい。私もそのつもりで参りました」
 春泉が頷くのを見、やや固かった秀龍の表情が初めてやわらいだ。
「私も旦那さまにお話ししなければならないことができましたし」
 その言葉に、秀龍が露骨に不安げな表情になった。一体、何を言われるのだと目一杯警戒しているような感じだ。
「それは、一体、どのような話なのだろう」
 春泉は微笑んで首を振る。
「私の話よりも、どうか旦那さまのお話の方からお聞かせ下さいませ」

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