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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第16章 眠れる美女

 実直そうなその中年の女中は、幸いにも春泉の言葉を素直に信じたらしい。
「それは大変でございましたねえ。このお屋敷の庭は本当に広くって、どこまで行ったって、同じような樹ばかりでございましょう? 迷路のようだって私らも話してるんでございますよ。それにしても、無事にここまで辿り着けて、ようございました。ここから門までもちょっとありますから、今度は迷われないように私がご案内致しますよ」
 女が先に立って歩き出したので、春泉はそれに従った。今度は道案内があったお陰で、難なく門まで辿り着けた。
 春泉は女中に礼を述べ、待ち受けていた輿に乗った。
「奥さま(マーニム)、遅うございましたね」
 女中が言い、春泉は微笑んだ。
「吏曹判書さまのお宅は気が遠くなるほど広くて、迷ってしまったわ。こんな大邸宅に住んだら、私なら間違いなく毎日のように迷子になったしまうわね」
 その冗談めかした物言いに、気心の知れた女中は本当に春泉が戯れ言を口にしているのだ思ったようだ。
「まあ、奥さまったら」
 女中は娘時分よりひと回り太って、福々とした丸い顔を綻ばせた。

 屋敷に帰ってからというもの、春泉は随分と迷った。言わずと知れた、あの吏曹判書宅での一件についてである。
 どう見ても安らかに熟睡しているとしか見えなかった若夫人鈴寧の姿が瞼に浮かぶ。
 にも拘わらず、鈴寧は見舞客に逢わせられる状態ではないと断言した吏曹判書夫人の言葉、更には、嫁が深刻な病状であるとは信じられないような屈託ない態度―、どう考えてみても、今回の件は不自然な点が多すぎる。
 更には、鈴寧が寝ていた家は、あまりにも粗末すぎた。手入れもろくにされず、打ち捨てられている様子が窺えた。大切な跡取りの嫁をあのような廃屋同然の家に棲まわせておくというのも妙な話だ。しかも、妙鈴は重い病気なのだ。
 自分が吏曹判書宅で見たことを果たして秀龍に話すべきかどうか。春泉はかなり悩んでいた。
 皇家では、朝食は一家揃って食べるのが倣わしになっている。とはいえ、舅・姑夫婦と秀龍・春泉若夫婦は別々で、毎朝、秀龍と春泉は娘の恵里と三人で膳を囲んだ。昼と夜はそれぞれの居室で食べるのが常である。

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