淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④
第1章 柳家の娘
もっとも、春泉の生母は亡くなったわけでも、病がちなわけでもない。元気すぎるほど元気だ。なのに何故、乳母が春泉を育てたかといえば、つまるところ、母が全く育児をしようとしない女性だったからだ。
育児どころか、母は春泉を自らの腕に抱いてあやしたことすらなかった。母の頭の中にあるのは、自らの身を綺羅で飾り立てること、それに父に内緒で次から次へと若い男をとっかえひっかえ愛人として愉しむこと、その二つだけなのだから。
もっとも、父の方も母を責められはしない。父は父で若い女をあちこちに囲い、屋敷よりも女の許に入り浸っている方が多い始末なのだ。元々、母が若い愛人を作り始めたのは、他の女に現(うつつ)を抜かす父に対抗するためでもあったのだ。
とはいえ、父は母が若い男と束の間の春を愉しんでいることなど知らない。この時代、男は好きなように浮気しても、女が同様のことをすれば罪に問われるという全く女性蔑視の法律があったから、母は母で父に知られないように、ひそかな意趣返しに浸っていた。
つまり、どちらもどちらといった状況なのだ。夫婦は互いに背を向け合い、父も母も若い愛人を作って家庭を顧みない―、それが春泉の育った柳家の内情であった。そんな環境であってみれば、乳母は春泉にとっては文字どおり、〝母代わり〟であったのだ。
乳母といっても実際に乳を与えられたわけではない。玉彈は既に五十が近いのだ。心優しい乳母ではあるが、とにかく気が小さい。今も春泉を守らなければならない玉彈の方が春泉の後ろで小さくなって震えている有り様だった。
が、春泉は、そんな玉彈が大好きだ。母がけして与えてはくれなかった愛情をこの乳母は惜しみなく注いでくれた。
玉彈には昔、良人と娘がいたという。しかし、悲惨な事故で同時に二人を失ってからというもの、ずっと独り身を通してきた。玉彈の亭主と幼い娘は都の大路を全速力で走ってきた荷馬車に轢かれたのだ。まだ六つの娘が可愛らしい仔猫を追いかけて道へふらふらと飛び出していったところに、向こうから荷馬車が走ってきた。
亭主は当然ながら、その娘を助けようと自らも道へ躍り出たところ、二人して馬の蹄(ひづめ)に当たってしまった。亭主は咄嗟に娘を庇ったものの、娘をしっかりと腕に抱きかかえた亭主ははるか遠くに投げ飛ばされ、二人共に身体のあちこちを強く打って亡くなった。
育児どころか、母は春泉を自らの腕に抱いてあやしたことすらなかった。母の頭の中にあるのは、自らの身を綺羅で飾り立てること、それに父に内緒で次から次へと若い男をとっかえひっかえ愛人として愉しむこと、その二つだけなのだから。
もっとも、父の方も母を責められはしない。父は父で若い女をあちこちに囲い、屋敷よりも女の許に入り浸っている方が多い始末なのだ。元々、母が若い愛人を作り始めたのは、他の女に現(うつつ)を抜かす父に対抗するためでもあったのだ。
とはいえ、父は母が若い男と束の間の春を愉しんでいることなど知らない。この時代、男は好きなように浮気しても、女が同様のことをすれば罪に問われるという全く女性蔑視の法律があったから、母は母で父に知られないように、ひそかな意趣返しに浸っていた。
つまり、どちらもどちらといった状況なのだ。夫婦は互いに背を向け合い、父も母も若い愛人を作って家庭を顧みない―、それが春泉の育った柳家の内情であった。そんな環境であってみれば、乳母は春泉にとっては文字どおり、〝母代わり〟であったのだ。
乳母といっても実際に乳を与えられたわけではない。玉彈は既に五十が近いのだ。心優しい乳母ではあるが、とにかく気が小さい。今も春泉を守らなければならない玉彈の方が春泉の後ろで小さくなって震えている有り様だった。
が、春泉は、そんな玉彈が大好きだ。母がけして与えてはくれなかった愛情をこの乳母は惜しみなく注いでくれた。
玉彈には昔、良人と娘がいたという。しかし、悲惨な事故で同時に二人を失ってからというもの、ずっと独り身を通してきた。玉彈の亭主と幼い娘は都の大路を全速力で走ってきた荷馬車に轢かれたのだ。まだ六つの娘が可愛らしい仔猫を追いかけて道へふらふらと飛び出していったところに、向こうから荷馬車が走ってきた。
亭主は当然ながら、その娘を助けようと自らも道へ躍り出たところ、二人して馬の蹄(ひづめ)に当たってしまった。亭主は咄嗟に娘を庇ったものの、娘をしっかりと腕に抱きかかえた亭主ははるか遠くに投げ飛ばされ、二人共に身体のあちこちを強く打って亡くなった。