
山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第7章 花の褥(しとね)で眠る
底なしの闇が辺りを覆い尽くしていた。
チルボクは油断なく周囲に視線を走らせる。塀を乗り越えて、蔵の前まで来るのは考えていたよりも造作なかった。
ここは県監趙尚凞の屋敷、広大な庭の一角である。チルボクは今、県監が何より大切にしている蔵の前に立っている。この中に山茶花村を初め、近隣の町村から不当に搾取した数々の貢納品が納められているのだ。
普段は蔵の周囲の警備も厳重だと聞いていたが、今夜は用心棒らしい男たちの姿は見えない。
交替の時間なのか、それとも、蔵の鍵そのものを県監の寝所にしまい込んであるから、端から油断しているのか。
チルボクは伸び上がるようにして、蔵の窓から中を覗き込む。蔵には扉のついている正面―その上部に明かり取りの窓があるだけだ。上背のあるチルボクでも、背伸びをして辛うじて届くほどの高さである。
試しに少し動かしてみたが、扉は当然ながらビクともしない。やはり、今夜は蔵の中を確認するだけにした方が無難だ。
その時、突如として月を覆っていた闇が晴れ、細い月が姿を現した。
一条の光が明かり取りの小さな隙間に差し込み、蔵の内部を照らし出した。山積みにされたおびただしい宝物が月の光に浮かび上がる。
チルボクは一瞬、呼吸するのすら忘れそうになった。蔵には様々な品が雑然と置かれていた。左端には栄螺、アワビ、海苔、昆布など玻璃湖で採れた様々な海産物の干物が無造作に置かれていて、中央に木の箱が積み上げられている。
半ば開いたいちばん上の箱からは、月光に煌めく装飾品がちらりと見えた。恐らく、あれは〝幻の貝〟と呼ばれる、ここら辺では玻璃湖でしか採れない白蝶貝の細工品に違いない。遠く都のおわす王さまのお妃たちにも白蝶貝の細工品はたいそう好まれると聞いたことがある。
だからこそ、県監が白蝶貝の首飾りや指輪、腕輪などを殊更、欲しがるのだ。山茶花村の女たちは厳しい冬を除いては、玻璃湖に潜り、その白蝶貝を見つけて採ってくる。そして、一部の職人の男たちが海女の捕ってきた白蝶貝に信じられないような精緻な細工を施すのだ。
チルボクは油断なく周囲に視線を走らせる。塀を乗り越えて、蔵の前まで来るのは考えていたよりも造作なかった。
ここは県監趙尚凞の屋敷、広大な庭の一角である。チルボクは今、県監が何より大切にしている蔵の前に立っている。この中に山茶花村を初め、近隣の町村から不当に搾取した数々の貢納品が納められているのだ。
普段は蔵の周囲の警備も厳重だと聞いていたが、今夜は用心棒らしい男たちの姿は見えない。
交替の時間なのか、それとも、蔵の鍵そのものを県監の寝所にしまい込んであるから、端から油断しているのか。
チルボクは伸び上がるようにして、蔵の窓から中を覗き込む。蔵には扉のついている正面―その上部に明かり取りの窓があるだけだ。上背のあるチルボクでも、背伸びをして辛うじて届くほどの高さである。
試しに少し動かしてみたが、扉は当然ながらビクともしない。やはり、今夜は蔵の中を確認するだけにした方が無難だ。
その時、突如として月を覆っていた闇が晴れ、細い月が姿を現した。
一条の光が明かり取りの小さな隙間に差し込み、蔵の内部を照らし出した。山積みにされたおびただしい宝物が月の光に浮かび上がる。
チルボクは一瞬、呼吸するのすら忘れそうになった。蔵には様々な品が雑然と置かれていた。左端には栄螺、アワビ、海苔、昆布など玻璃湖で採れた様々な海産物の干物が無造作に置かれていて、中央に木の箱が積み上げられている。
半ば開いたいちばん上の箱からは、月光に煌めく装飾品がちらりと見えた。恐らく、あれは〝幻の貝〟と呼ばれる、ここら辺では玻璃湖でしか採れない白蝶貝の細工品に違いない。遠く都のおわす王さまのお妃たちにも白蝶貝の細工品はたいそう好まれると聞いたことがある。
だからこそ、県監が白蝶貝の首飾りや指輪、腕輪などを殊更、欲しがるのだ。山茶花村の女たちは厳しい冬を除いては、玻璃湖に潜り、その白蝶貝を見つけて採ってくる。そして、一部の職人の男たちが海女の捕ってきた白蝶貝に信じられないような精緻な細工を施すのだ。
