
山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第9章 生まれ変わる瞬間
その間に、恐らくは予期していた事態になるだろうと考えていた。
凛花の計画は順調に運んでいた。隣町でわざと県監趙尚凞の眼に止まるようにふるまい、予想どおり、県監は凛花に大いに興味を示したのだ。あの後、凛花は道の両脇に並ぶ幾つかの露店を覗き込むふりをし、適当なところで追っ手を巻いた。
―あんた、あんまり見かけない顔だねぇ。
小間物屋の店先でチマにつけるノリゲを手に取っていた時、いかにも人の好さそうな中年の女主人が声をかけてきた。
―ええ、山茶花村に住んでいるから、ここまではあまり出てこられなくて。
―道理で、見たことがないと思ったよ。山茶花村の娘だったのかえ。
追っ手を巻く前、何げないやり取りを見えない相手に聞かせておくことも怠らなかった。
それから山茶花村まで戻り、事前に見つけておいた空き家に飛び込んで男物の服に着替え、村長の家に戻った。時を経て夕刻近くになってから、再び村長の家を出て、例の空き家でチマチョゴリを纏うと、何食わぬ顔で道を歩いた。むろん、空き家を出たときには追っ手らしい影がないのは確認済みである。
果たして、村長の家を出てからしばらく経った頃から、誰かが凛花の後を付け始めた。凛花が止まると、脚音もまたぴたりと止んだ。凛花が再び歩き始めると、待っていたように付いてくる。一定の距離を保ち、つかず離れずの位置から、確かに何者かが凛花を尾行していた。
相手に怪しまれないために、途中で幾度か立ち止まっては所在なげに背後や周囲を見回して見せることも忘れない。追跡者を怖れていると思わせるためだ。
そろそろ、良い頃合いかもしれない。凛花はダッと駆け出す。すると、少し離れた後ろから付いてきていた脚音の主も走り始めた。しばらく走り、凛花は荒い息を吐きながら止まった。
どうやら、少し身体が鈍ったようね。
凛花は心で場違いなことを考えながら、さそ怯えている風にキョロキョロと前後左右を振り返る。
漢陽にいた頃は乳姉妹のナヨンの眼を盗んではお忍びで町中を歩き回り、庭で木刀を振り回して稽古していた凛花である。が、流石に御使の任務を帯びて都を出てからというもの、このふた月ほどはずっと武芸の鍛錬などしていなかった。
凛花の計画は順調に運んでいた。隣町でわざと県監趙尚凞の眼に止まるようにふるまい、予想どおり、県監は凛花に大いに興味を示したのだ。あの後、凛花は道の両脇に並ぶ幾つかの露店を覗き込むふりをし、適当なところで追っ手を巻いた。
―あんた、あんまり見かけない顔だねぇ。
小間物屋の店先でチマにつけるノリゲを手に取っていた時、いかにも人の好さそうな中年の女主人が声をかけてきた。
―ええ、山茶花村に住んでいるから、ここまではあまり出てこられなくて。
―道理で、見たことがないと思ったよ。山茶花村の娘だったのかえ。
追っ手を巻く前、何げないやり取りを見えない相手に聞かせておくことも怠らなかった。
それから山茶花村まで戻り、事前に見つけておいた空き家に飛び込んで男物の服に着替え、村長の家に戻った。時を経て夕刻近くになってから、再び村長の家を出て、例の空き家でチマチョゴリを纏うと、何食わぬ顔で道を歩いた。むろん、空き家を出たときには追っ手らしい影がないのは確認済みである。
果たして、村長の家を出てからしばらく経った頃から、誰かが凛花の後を付け始めた。凛花が止まると、脚音もまたぴたりと止んだ。凛花が再び歩き始めると、待っていたように付いてくる。一定の距離を保ち、つかず離れずの位置から、確かに何者かが凛花を尾行していた。
相手に怪しまれないために、途中で幾度か立ち止まっては所在なげに背後や周囲を見回して見せることも忘れない。追跡者を怖れていると思わせるためだ。
そろそろ、良い頃合いかもしれない。凛花はダッと駆け出す。すると、少し離れた後ろから付いてきていた脚音の主も走り始めた。しばらく走り、凛花は荒い息を吐きながら止まった。
どうやら、少し身体が鈍ったようね。
凛花は心で場違いなことを考えながら、さそ怯えている風にキョロキョロと前後左右を振り返る。
漢陽にいた頃は乳姉妹のナヨンの眼を盗んではお忍びで町中を歩き回り、庭で木刀を振り回して稽古していた凛花である。が、流石に御使の任務を帯びて都を出てからというもの、このふた月ほどはずっと武芸の鍛錬などしていなかった。
