テキストサイズ

山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第9章 生まれ変わる瞬間

「どうぞ、県監さま」
 声も外見同様、玲瓏とした美しく心地良い声である。閨で啼かせてみれば、どのような声で啼くのかと思わず妄想をかき立てられるようだ。
 尚凞は獲物を前にした肉食獣のようにぎらいつた眼で少女を見下ろした。小柄で細身ではあるが、チョゴリの上からも豊かに膨らんだ胸がはっきりと判る。恐らく、すっきりとしていながら出るどころは出て、豊満な身体をしているに違いない。
 尚凞が美少女の眩しい胸のふくらみを凝視ていると、可愛らしい娘は恥じらうように頬を染めうつむいた。
―おお、何と愛らしく、初な娘だ。
 尚凞はすっかりヤニ下がった顔で幾度も頷いた。
 少女は深々と一礼して、いずこへともなく去ってゆく。尚凞は扇をひろげると、執事を手で差し招いた。
「あの者を今宵、屋敷に連れて参るように」
 既に幾度も悪辣な主人の片棒を担がされている執事は、すっかり心得たものだ。
「畏まりました、旦那(ナー)さま(リ)」
 慇懃に頷くと、何事もなかったかのような顔で叫ぶ。執事の言いつけで、付き従っていた家僕の一人が慌てて少女の後を追いかけていった。
「県監さまのお通りだ」
 それを合図に、一行は再びのろのろと進み出した。
 当の尚凞は早くも夢見心地で輿に揺られている。今宵は、あの雪膚に包まれて極上の夢を見られるだろうと一人で悦に入っていた。
 
 そろそろ黄昏刻から本格的な夜へとうつろう時間だ。
 耳を澄ませると、薄い闇の底をひそやかな気配がゆっくりと近づいてくる。ふと空を見上げると、垂れ込めた雲は月を隠し、空は不気味な薄鼠色に覆われていた。
 周囲は一面の闇に閉ざされ、一寸先も覚束ないほどだ。眼を凝らしても、辛うじて脚許の様子が判る程度だ。
 先刻から後をぴたりと付いてくる脚音に、凛花が気づかないはずはなかった。元々、鋭い上に、武芸で培った勘は静寂の中に潜むほんのわずかな気配ですらをも察知できる。
 脚音を感じ取ったのは、かれこれ四半刻ほど前のことだ。山茶花村は広範囲にかけて民家が散らばっているため、徒歩(かち)でひと回りするだけでもゆうに半刻は要する。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ