山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第5章 旅立ち
女中から執事の手に渡ったその手紙は直善に届けられ、直善はそれを嬉しげに読んでいた。そのときの直善のしまりのない顔を傍らで見ていた執事は、その手紙は馴染みの女からと思ったと、捕盗庁の役人に控えめに告げた。しかし、実のところ、その手紙の内容は亡くなった当の直善しか知らない。
まさか、その書状が月華楼の女将の名を借りた凛花の手になるものだとは誰も想像だにしなかった。
―若さまのご評判は以前から耳にしているので、是非、一度、翠月楼にお越し下さいますように、とっておきの良い妓をご用意してお待ちしております。
そんな内容の文を読んで、好き者の直善が飛び出してゆかぬはずがない。
いつも外出には必ず袖にしまっている財布代わりの巾着がそっくりなくなっていたことから、最初は物盗りの犯行と推測された。
が、発見された直善の骸には致命傷となった背中の傷他、胸にも浅い刺し傷があった。背中は刀でやられたようだが、胸は簪のような先の尖った凶器でやられたのは明白だ。しかも、相当量の酒を呑んでいたことまで判った。
簪、酒とくれば、この殺人に女が絡んでいる推理するのは難しくはない。だが、捕盗庁はおざなりに調べただけで、直善は〝ゆきずりの物盗りによって殺害された〟ということになり、胸の傷や飲酒については一切公表しなかった。
実は、右議政の方から捕盗庁に〝この件については深入りせぬように〟と内々の厳命があったのである。
息子の仇を討ってやりたいが、事を荒立てれば、自分の悪事まで暴かれる危険性がある。しかも、仮にも右議政の息子にして朴氏の嫡男が女絡みの痴話喧嘩で女に殺されたとあっては、示しがつかない。家門の恥ともなり得る話だ。
老獪で冷酷な政治家も常から息子の女癖の悪さと放蕩癖には手を焼いていたのだ。
直善の死を報された時、右議政が最初に発したひと言は、
―馬鹿め、いずれこのようなことになると思っていたわ。
だった。どう見ても、息子を喪って嘆き哀しむというより、ホッとしたように見えたとしか見えなかったとか。
まさか、その書状が月華楼の女将の名を借りた凛花の手になるものだとは誰も想像だにしなかった。
―若さまのご評判は以前から耳にしているので、是非、一度、翠月楼にお越し下さいますように、とっておきの良い妓をご用意してお待ちしております。
そんな内容の文を読んで、好き者の直善が飛び出してゆかぬはずがない。
いつも外出には必ず袖にしまっている財布代わりの巾着がそっくりなくなっていたことから、最初は物盗りの犯行と推測された。
が、発見された直善の骸には致命傷となった背中の傷他、胸にも浅い刺し傷があった。背中は刀でやられたようだが、胸は簪のような先の尖った凶器でやられたのは明白だ。しかも、相当量の酒を呑んでいたことまで判った。
簪、酒とくれば、この殺人に女が絡んでいる推理するのは難しくはない。だが、捕盗庁はおざなりに調べただけで、直善は〝ゆきずりの物盗りによって殺害された〟ということになり、胸の傷や飲酒については一切公表しなかった。
実は、右議政の方から捕盗庁に〝この件については深入りせぬように〟と内々の厳命があったのである。
息子の仇を討ってやりたいが、事を荒立てれば、自分の悪事まで暴かれる危険性がある。しかも、仮にも右議政の息子にして朴氏の嫡男が女絡みの痴話喧嘩で女に殺されたとあっては、示しがつかない。家門の恥ともなり得る話だ。
老獪で冷酷な政治家も常から息子の女癖の悪さと放蕩癖には手を焼いていたのだ。
直善の死を報された時、右議政が最初に発したひと言は、
―馬鹿め、いずれこのようなことになると思っていたわ。
だった。どう見ても、息子を喪って嘆き哀しむというより、ホッとしたように見えたとしか見えなかったとか。