テキストサイズ

RAIN

第5章 名前《翔side》

「……北条拓海さん……」
やっと知ることが出来た彼の名前を復唱する。何度も何度も心の中で連呼する。


余韻に浸っている俺の耳に、拓海さんの声が俺を現実に引き戻した。
「それじゃ……」
先ほどと同じ言葉が掛けられる。
その言葉のままに拓海さんが踵を返す。

もう拓海さんを止める理由がなくなり、途方にくれてしまう。これでもう俺たちは会うことはなくなるのだろうか?
段々と遠ざかる拓海さんの背中に未練が残り、右手を伸ばすが、あまりにも遠い距離に、胸が締め付けられそうになる。




落胆している俺の鼻頭に何かが当たる感触。それは一つだけではなく、頬や額にもところどころ当たっていく。ふと頭上を見上げ、その正体を探る。
「……雨……?」
それからすぐに視線を前に戻す。その先には愛しいあの人の後ろ姿がある。その人もまた、静かに立ち止まって俺と同様に空を見上げていた。

雨が再び降り出す。
ポツリポツリと降り出した雨粒は段々と勢力を増し、すぐに地面が濡れるほどの大粒となってきた。


しばらくじっと立ち止まっていた拓海さん。
その後ろ姿からは何か考え事をしているように見受けられる。そんな拓海さんから目が離せない。

その間にも雨は本降りになっていき、俺はもちろん濡れていく。傘は折り畳み傘を持っているから出せばいいが、今はどうしてか出す気になれなかった。それはきっと前に立ち尽くす拓海さんが気になっていたからだと思う。



ストーリーメニュー

TOPTOPへ