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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第4章 異端者

「むろん、明月はお前の秘密を知りはしない。けれど、あの場で指を咥えて見ていたら、この先に起こり得るであろうことくらいは、ちゃんと予測していたのさ。それくらいの先を読んで、上手く立ち回れるくらいの機転がなけりゃ、妓生は務まらない」
 浄蓮の脳裡に、昨夜のおぞましい出来事が浮かび上がる。
 秘密がバレそうになり、浄蓮がついに反撃に出たときのことだ。ファンジョンの顔に酒を思いきりぶっかけてやったら、あの男は烈火のごとく怒り狂った。
 あと少しで手に入りそうだった獲物に逃げられ、なおかつ、その獲物―妓房の女中に妓生の前で恥をかかされたという想いが、彼を尋常でない憤怒に駆り立てていたのは確かだ。
―貴様! このようなことをして、ただで済むと思うなよ。
 肝の据わった浄蓮ですら、少し怖いと思ってしまうほどの怒り様であった。
 あのときまで、確かにファンジョンは怒りと屈辱に震えていた。
 だが―。あの後、明月がファンジョンの前で浄蓮を平手で打ってからは、ファンジョンの態度は手のひらを返したように変わった。
 三度め、手を振り上げた明月を見たあの男の眼はもう、怒りどころか、もう、何もかにも興味も失ったという感じだった。
―もう、良い。明月、興醒めだ。こんな気の強い可愛げのない女は、こちらから願い下げだ。
 そう言って、憑きものが落ちたように後を振り向きもせず、あの男は出ていった。
 浄蓮は唇を噛む。
 あの時、明月はすべてを見越していたのか。
 明月に打たれた両頬は今も、うっすらと紅く跡が残り、かすかに腫れている。か弱い女がこれだけの力を出すには、相当の力を振り絞っただろう。
 あの妓生は、恐らく、ファンジョンが〝もう良い〟と言うまで浄蓮を打つつもりだったに相違ない。そして、憎らしいことに、明月は、そう何度も自分が手を下すことになる前に、ファンジョンが〝良い〟と言い出すのまで計算し尽くしていたはずだ。

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