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Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~

第6章 【後編】 ♦RoundⅤ(覚醒)♦

 その気持ちを精一杯、あのひとことに込めたのだ。紗英子にそれが伝わったかどうかも判らないし、それはこの際、どうでも良いことだ。
 しかし、あの日、紗英子と別れて自宅に戻ってから後、紗英子は幾度携帯電話を握りしめたかも知れなかった。こんなことは馬鹿げている。幾ら子どもが欲しいからといって、借り腹をしてまで赤ん坊を得ようとするのは行き過ぎだし、更にそれに協力しようとする自分もどうかしているとしか思えない。
 紗英子が何をしようと望もうと自由だけれど、自分までがその狂気に引きずり込まれる必要はさらさらない。
 理性はそう告げてはいたけれど、直輝の子どもを生むというそのことは何とも抗いがたい魅力となって、紗英子の理性を狂わせるのだった。また、それだけではなかった。紗英子が代理出産の報酬として提示した金額は途方もないものだった。
 有喜菜は現在、N町のマンションに一人暮らしである。N町では、まず高級マンションの中に入ると言って良い。保険外交の仕事で入る収入は多くはなかったけれど、少なくもなく、贅沢をしなければ、それだけのマンションに住むゆとりはあるのだ。

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