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Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~

第6章 【後編】 ♦RoundⅤ(覚醒)♦

 紗英子はそこまで今回の治療に入れ込んでいる、言ってみれば、背水の陣でもう後がないとまで思いつめているようなところが窺えた。直輝との夫婦間でどのような話し合いが行われているかは判らないけれど、紗英子の鬼気迫る形相を見ていると、どうも直輝の協力が今後、あまり得られそうな見込みがないのかもしれない。
 だからこそ、初めての治療にここまで入れ込むのだろう。直輝の性格から考えれば、今後、この治療をごり押しすれば、永遠に彼の心を失う怖れもあるに違いないはずだ。なのに、長年、連れ添った妻でありながら、紗英子には夫の心が判らないのだろうか。それとも、やはり、彼を愛しているから、その愛する男の子ども欲しさに何もかもが見えなくなってしまっているのか。
 有喜菜の記憶が更に巻き戻されてゆく。
 そう、あれは、まだ中学生になったばかりの頃。まだ直輝と紗英子が知り合う前のこと、有喜菜は何度か彼の家に遊びにいったことがあった。その何度目かに、直輝が勉強机の引き出しからそっと取り出して見せてくれた、大切なコレクション。

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