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Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~

第7章 ♦RoundⅥ(天使の舞い降りた日)♦

 一滴の涙が紗英子の頬をすべり落ちていった。これのまでの長かった日々がフィルムを巻き戻すように脳裏を駆け抜けてゆく。
 総合病院で紗英子自身が体外受精を受けたときのこと、今日のようにやはり二週間目に妊娠反応を見たけれど、無情にも反応は全く見られず、そのときは診察室を出た後、トイレに籠もって号泣した―。
 子宮筋腫が再発して、もう全摘しかないと宣告されたときの気持ち。このまま病院の屋上に駆け上がって飛び降りて死のうとすら思ったのだ。
 これで自分は二度と赤ちゃんをこの腕に抱くことはできないのだと心が絶望に染まったあの日。
 信じられない歓びに茫然とする紗英子を穏やかなまなざしで見つめ、医師は静かに続けた。
「ただ、今はまだ本当に微妙な時期です。確かに着床イコール妊娠ではありますが、まだまだこの先、何があるかは判りません。別に脅すつもりはないのですが、万が一、残念な結果になり得ることもないとはいえませんので、それだけはお心に止めておいてください」

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