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Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~

第8章 ♦RoundⅦ(再会)♦

♦RoundⅦ(再会)♦

 直輝はパソコンの画面から一時、眼を逸らした。こめかみに鈍い痛みを感じて、瞼を閉じ指先で軽く揉む。
 腕時計を覗き込むと、既に十二時はとうに回っている。直輝は深い吐息をついた。この時計は昨年のクリスマスに妻から贈られたものだ。京都の凜工房という小さな工房で凜太という職人が手作りしている。受注生産しかしないという伝説の若い職人で、一般に売られていることはまずない。
 だが、妻はN駅の地下街の時計店でこれを見つけたという。どういう経緯でこの時計が店に並んでいたかは判らないけれど、コレクターにとっては垂涎の的である凜工房の時計はさぞ高かったに相違ない。
 主婦のポケットマネーでさらりと買えるような代物ではないのだ。それをわざわざプレゼントとして贈った妻の心を思うと、いじらしいとも思うし、また申し訳ないとも思う。
 とはいえ、自分たちはもう二度と昔のように屈託ない間柄に戻ることはないだろう。そのことも直輝には判りすぎるくらい判っていた。

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