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Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~

第9章 ♦RoundⅧ(溺れる身体、心~罠~)♦

 有喜菜の思いつめたような表情に、初老の医師は細い眼を更に細めて言った。
―それは、あなたの心配のしすぎというものですよ、宮澤さん。あなたの場合はたまたま不幸が重なったというだけの話でしょうな。まあ、以前のご主人とあなたの相性が悪かったという可能性もないわけではないですが、そういう場合は、稀に生まれてくる子どもが順調に育たない場合があるんです。言わば精子と卵子の不適合とでもいうのでしょうか。しかし、もう済んだことですし、今は順調に赤ちゃんも育っているわけですから。
 その応えは有喜菜の不安を幾ばくかは和らげてくれた。確かに、死んだ子どもたちは可哀想だけれど、過去の不幸を今更嘆いても意味はない。
 有喜菜には正直、今、自分の子宮で育ちつつある赤ん坊に対して愛情はなかった。幾ら我が胎内で育っているとはいえ、遺伝子学的に見れば、全くの他人の子なのだ。何で、赤の他人に愛情など抱けるだろう?

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