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Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~

第9章 ♦RoundⅧ(溺れる身体、心~罠~)♦

 仮に有喜菜が生まれた赤ん坊を我が子だと主張し、手許にとどめておけば、もしかしたら直輝も有喜菜を選ぶかもしれない。しかし、そこまでして直輝を引き止めるつもりはなかった。
 第一、お腹に入れて育てている最中から、ひとかけらの愛情も抱いてはいない女を母と呼ばせるのは、あまりにも赤ん坊が可哀想だ。紗英子の愛情は盲信的な愛かもしれないが、それでも、とにかく子どもを母親として愛していることだけは確かなのだから。やはり、子どもは実の親を親として育つのがいちばんの幸せだろう。
 また、何も罪もない子どもを餌に男を引きつけるような真似は、有喜菜の性に合わない。健診に付き添ったときの彼の涙を目の当たりにして、有喜菜は出産を無事終えたならば、彼を紗英子と赤ん坊に返そうと思い始めていた。 
 だが―。そのときの直輝の涙は、実は全く別の理由から来るものであった。そのことを、有喜菜は直に思い知らされることになった。

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