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刑事とJK

第32章 いざ出陣








斉藤の唇は、



千花の唇には届かなかった






と言うよりも
唇を通り越して、耳元でこう囁いたのだ




「わりぃな…」








斉藤は千花の体を
自分から離した



千花は力が抜けたように、
地面に手をついた






「なぜでございますか…?
わたくしのことはお嫌いでありますか…?」



とうとう目に溜まっていた涙は
頬を伝い落ちた



斉藤はその涙を指で拭ってやる






「好き嫌いの問題じゃねぇんだ…
オレには、大切な奴がいるから…」






斉藤の目は、千花を見てはいなかった



「正貴さんの、大切な…お方…」



「ああ…、いつも怒らせたり泣かせたりしてばっかだけど…
ほんと大切な奴なんだ…」







千花は斉藤の手を取って下ろさせた













「それなら…わたくしは敵いませんね…」









千花は笑顔を作った



今にも崩れてしまいそうな、
つらそうな笑顔を…








「正貴さん」



「…?」





「わたくしは…これ以上望みません…
しかしながら…」






千花はさっき作った笑顔に、大粒の涙を飾った








「それならわたくしの…この25年間は…
一体何だったのでございましょう…?」






千花の顔からは笑顔が消え、
涙だけが取り残された






斉藤家の名に恥じない妻になるためだけに

毎日毎日教育されてきた千花






花宝院の家からはあまり外出できず、
ろくな友人もいなかった



ただ斉藤家に嫁ぐためだけに捧げた25年間は、
ここでむざむざと散ったのだ







しかしそれは、
中学までの斉藤も同じことだった


斉藤も、家のためだけに育てられてきた…







途中で家を出たとは言え、
自分と似た境遇にある千花を放っておくことは、
斉藤には出来なかった









「自分で…生きりゃいい…」






「…」




斉藤は千花を見た








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