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遠い約束~海棠花【ヘダンファ】~

第4章 求め合う心

 いや、猛威徳だけでなく当時の右議政金愼善―実の両親、乳母、屋敷中の奉公人を惨殺した者たちへの恨み辛みは今も消えない燠火のように心の奥底で燃えている。
 しかし、この時点で、梨花の心に既に復讐の念はなかった。叶うものなら、父母や乳母の無念を晴らしたい、その想いは確かにある。が、今の梨花は既に〝崔海棠〟であり、十年前のあの宿命の夜、林梨花は亡くなった。
 〝海棠〟には今、大切な家族がいるのだ。大切な父と兄、彼女が考えるのはまず、この家族の無事と幸せなのだ。既に亡くなった実の両親や乳母への想いも大切だが、最優先させるべきなのは、父と兄のことだろう。
 また、十年前に幼かった我が身が犯した過ちについても、梨花はけして忘れたわけではない。たとえ冷酷な殺人鬼たちであっても、人の生命を奪った我が罪が消えるものではないと思っていた。実の両親の敵を討てば、また新たな犠牲者の血にこの手を染めることになる。

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