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紅蓮の月~ゆめや~

第9章 第三話 【流星】 一

 だが、心に何か疚しいことがあると、必ずと言って良いほど落ち着きを失う。ゆったりとした立ち居ふるまいが忙しない動作になる。殊に歩き方が不自然なほど速くなる。美耶子は兼家の歩き方をひとめ見て、やはり「町小路の女」の存在―兼家に新しい愛人ができたのは真実だったのだと悟った。
 初夏の宵とて、蔀戸をすべて上げており、涼しい夜風が部屋の中まで吹き込んでくる。
 開け放した戸から庭の池の汀に群れ咲く濃紫(こむらさき)の花菖蒲がいかにも涼しげに見えた。
 風が吹く度に、菖蒲の花もかすかに揺れる。
 兼家はしばし、その心洗われるような光景を見つめている。美耶子は黙って兼家の言葉を待った。

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