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側にいられるだけで④【牡丹の花の咲く頃には】

第17章 第四話 【牡丹の花咲く頃には】・戻らぬ男

 自分のものか相手のものか判別のつかない唾液が開いた口の端から滴り落ちる。
―何なの、これ。
 キョンシルはあまりの展開に驚愕し、怯えた。こんな口づけは―そう、一度だけ経験がある。母ミヨンが急死し、トスと二人だけで旅に出ることになったときだ。都を出てほどない人気のない小屋で、トスが突如として豹変して襲いかかってきた。
 今のトスはあのときと酷く似ている。いや、あのときはまだ荒々しさの中にかすかな戸惑いを感じられたけれど、今はもう躊躇いなど微塵もない。ただひたすら荒れ狂う手負いの獣のような凶暴さを剥き出しにしているだけだ。

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