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変人を好きになりました

第1章 卵焼き


 冷たく湿った空気に満たされた廊下を歩いていくと奥の扉が視界に入ってきた。
 その扉を拳で何度か軽く叩いて、中からの返事も待たずに私はドアノブに手を伸ばす。
「卵焼きお持ちしましたよ」
 盆の上に載っている白い皿には卵を3つ使って作った卵焼きが堂々と座っている。
 私はまだ見えない部屋の主を探すでもなく、真ん中の部屋のテーブルに盆を置こうとした。

 置けない……。

 掃除婦がいたのなら腕まくりをして喜びそうなほど散らかっているこの部屋の中で、どうやらテーブルも例外ではなかったらしい。
 私は盆を持っていないほうの手で乱暴にテーブルの上にある新聞やら手紙やらをどけて、盆の分のスペースを空けた。
「もう! 片付けようとは思わないんですかっ」
 毎日、毎日こうだ。
 こんなことになるだなんて分かっていたら彼に部屋を貸すなんてことしなかったのに。
「片付け?」
 部屋の隅から聞こえてきたのは冷たく嘲笑うような声だった。
「そう。片付けです。だいたい毎日毎日、卵焼きしか食べないなんて体に悪いですよ」
 声の主の方へ近づくためには床に散乱している本の山やら複雑に絡み合っているパソコンたちのコードを超えていかなければならない。
 慎重にそれらを踏むことのないよう歩みを進めると大きな机の前に汚れた白衣を着た男の後ろ姿があった。
「卵というのは雛に必要な栄養が全て揃っている。完璧な食材だ」
 振り向くこともなく、ただひたすらにペンを紙に走らせながら男は続けた。
「それに、古都さん。長風呂をしすぎるのはよくない」
「……またですか。なんでいつもいつも魔法使いみたいにそんなに何でもかんでも分かっちゃうんです?」

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