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変人を好きになりました

第15章 知り合いと恋人

 最近別れた恋人というのはクロタキさんが言う脅迫をしていた『あの女』ことなのだろうか。


「その彼女は今どうしてるんですか? 傍にいなくていいんですか?」

 なぜか私が必死になっていた。
 守れなかったという言葉が何を意味しているのか分からない。でも、彼女が生きてさえいるのならクロタキさんはこんな所にいる場合じゃない。すぐに彼女の所へ行くべきだ。

 クロタキさんは口をつぐんだ。

 開けっ放しの窓から入ってきた空気が走って、クロタキさんが持ってきたオレンジの花を揺らした。


「傍にいたい。いたいけど、僕にそんな資格があるのか分からない」
 急に感情を感じられない声が響いた。クロタキさんの顔に目をやると、能面をかぶっているみたいに無表情だった。

「どうしてですか? クロタキさんは彼女を一生懸命守ろうとしてきたんですよね。そう言えばいいじゃないですか」
「でも、守れなかった」
 諦めたように呟くクロタキさんに私の中で何かが音を立てだした。まるで鍋が煮えるような、そんな音。

「そんなのどうだっていいんです! 守れた、守れなかったじゃない。クロタキさんが守ろうとしてきた時間と想いが彼女にとって何よりも大切なんです」

 急に大きな声を張り上げた私を目を丸くしたクロタキさんが薄ら口を広げて見つめている。すごく驚いているみたいだ。
 私だってこんなに叫ぶように喋ったのは目を覚ましてから初めてで、息が少し乱れてしまった。



「古都さん――」

 クロタキさんがやっと何か言おうと口を開いた時に、病室のドアが開いた。


「大きな声出してどうしたの? 廊下まで聞こえてたよ。柊一、古都に何したの?」
 ドアから姿を見せた空良くんは大きな黒いバッグを抱えていた。クロタキさんは空良くんを振り返らずに、肩の力を抜くと立ち上がった。

「空良、話がある」

「ん? 何?」
 空良くんはバッグを床に置くと、腕まくりしていた青色の薄手のカットソーの袖を元に戻した。本当に毎日おしゃれだなあと感心する。

「外」

 クロタキさんが短く言って、病室を出る。

 出る時、一度だけ私を振り返った。何も言わずに視線だけを私の片方の瞳に注いだ。何を言いかけたのか分からないけれど、クロタキさんのその瞳は曇っているように見えた。

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