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変人を好きになりました

第16章 虹の匂い


「別れてくれ」

 連れ出された病院の庭に足を一歩踏み入れた途端、目の前を歩いていた柊一が立ち止まった。切羽詰まったようなその声はとても柊一の声とは思えない。


「俺たちいつから恋人同士になったんだっけ。そっちの気はないんだけど」

 焦るな、と何度か自分自身に言い聞かせて、俺は空を仰いだ。真っ青になりきれない空の色が自分と被って見えて余計に気が滅入った。

「茶化すな」

 そう短く叫んで振り返った柊一の目を見て、心臓が跳ねた。なんでそこまで必死んなってんだよ、と余裕なふりをしようか一瞬迷ってやめた。
 いつもなら俺の考えることも見抜いて、むかつくくらい整ったその涼しい顔で洞察力と観察力をひけらかすのに古都が関係するとそんなことをする余裕もないらしい。

 余裕がないのはお互い様か。



「別れるつもりはない」

 正直言うと、古都の隠しきれていない辛そうな顔を毎日見ていたあの日々は俺にとって苦痛でしかなかった。だから、最初は仕事に逃げていた。それでも、時々早く帰ると薄暗い古城で古都が一人で空をみつめている光景を目にして耐えきれなくなった。
 柊一の言動だって不自然すぎて最初から何かあるとは思っていたから、仕事の合間に調べ始めた。柊一が脅迫されていると知ってから、古都の顔を見ると自分でも嫌になるくらい意地の悪い気持ちになった。


 なんだよ。なんで、こんな想い合ってんだよ。なんで俺じゃだめなんだ。俺だってファンクラブができるくらいの見た目だし、研究者としての地位も確立されてきたのに。


 そんな時、古都が俺のことを獅子座の典型例みたいだなんて言ったから俺は自分がどれだけ醜いのか真っ白な古都には分からないのだと知って決意した。古都を幸せにしたい。それが例え、古都の隣に他の男がいる結果になったとしても。
 ちょっとくらい協力してやろうと。
 できるとこまでやって、それで古都に選んでもらえばいい。そう思った。

 結婚式で柊一とあの女の姿を見たとき、もうこのままでいいじゃないかと思ったのは一瞬のことで、古都が石のように体を固まらせ、唇を噛み締めているのを横目で見て決着は付いたと悟った。最後に躊躇う古都に「ほら」と言って促したのが俺の精一杯の協力だった。

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