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変人を好きになりました

第21章 初恋の相手

 これで、きっとクロタキさんの想い人の所へ行けるだろう。

 羨ましいな。
 羨ましい……悔しい……妬ましい。
 ああ、私は嫉妬してるのか。

 クロタキさんの想い人が憎くて憎くて仕方がない。でも、クロタキさんが幸せになれるならなんだっていいと思う。


「それより、初恋の相手が俺かもって本当?」
 宿谷さんが私を現実に引き戻す。

 いけない。あんなこと言うんじゃなかった。もし本当に宿谷さんが彼だったらどうしよう。

「あれも嘘?」
「え、いえ。それは……」
「本当なんだ。嬉しい。でも、柊一くんのほうが古都さんとよく会ってたらしいんだけど」

 そう言って微笑みながら首を傾げる宿谷さんは確かにクロタキさんに引けをとらないくらいかっこよくって素敵だけど、私はどうしても魅力を感じられない。

 初恋の相手がこの人と言われたってぴんとこない。どうして、こんな素敵な人なのに私はドキドキできないんだろう。
 でも、少し胸が鳴っている。

「柊一くん、大丈夫かな。風邪引かないといいけど」
 宿谷さんが思い出したように窓の外を見ていた。
 その名前を聞くだけで鼓動が何かから逃げるように速くなる。

 クロタキさんが近くにいるときはドキドキしていたんだ。ドキドキするのにクロタキさんが傍にいたら、なぜか落ち着く。

 二律背反なこの感情は何というのだろう。
 なんだか懐かしい想いみたいにも思える。

「傘も持っていかなかったな」
「私、行ってきます!」

 気がつけば椅子とお尻にあったはずの接着剤はとれていて、私は駈け出していた。

 今クロタキさんの所へ行けばせっかくの嘘も台無しになってしまうかもしれない。なのに、私の足は止まらない。
 クロタキさんに傘を渡したいんじゃない。あんな顔をしたクロタキさんを一人にしたくない。私が彼の傍にいたい。


 急に起こった胸の中の変化は自分さえ戸惑わせるんだから、宿谷さんはもっと意味が分からない思いで部屋から出ていく私を見ていただろう。

 エレベーターに乗っている間も私の体は動いていないと死んでしまうと思いこんだみたいに小刻みに動き続ける。エントランスに着くやいなや扉を押しのける勢いで飛び出すと一直線に広いエントランスを突っ切る。そこにいた人たちはみんなぽかんと口を開けていた。

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