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変人を好きになりました

第21章 初恋の相手

「失礼する」

 細長い体を支えるように背筋をぴしっと伸ばして直立したクロタキさんはまるで操り人形みたいに見えた。
 まだシャワーを浴びてから乾かしていない髪が目に入る。

 嘘でしょ。どうして、こんな時に限って嘘を見破ってくれないの?
 どうして。

 馬鹿だ。自分で嘘をついておいて気付いてほしいなんて我儘にもほどがある。何様なのよ、私。


「柊一くん、さすがにその状態で帰すことはできないなあ。せっかくシャワーを貸したのに無意味になってしまうじゃないか。夕食だって」
 なだめるような柔らかい声。これが大人の余裕というものだと見せつけられているようだ。

「大丈夫です。蒼さん」
「大丈夫そうには見えないけれど。何かな?」
 クロタキさんが顔をあげた。凛とした顔立ちを宿谷さんに向けて数秒間見つめあってからクロタキさんは首を振った。

 私の方を見てくれない。少し伸びてきた黒髪が濡れてさらに長くなり、目にかかっている様子がひどく妖艶だ。できることなら今すぐクロタキさんの髪を乾かしてあげたいし、引き留めたい。
 でも、そんなことしたら何のために嘘をついたんだか分からなくなる。
 見ないように後ろに回した自分の手を強く握りしめた。


「邪魔をしました」
 それだけ言い残すとクロタキさんは私たちが呼び止める暇も与えないくらい素早い動きで部屋を出て行った。しばらくして玄関のドアが閉まる音がした。

 クロタキさんは部屋を出る直前に一度こちらを振り返った。その顔が途方に暮れた子犬みたいにクロタキさんらしくないものだった。
 そのせいなのか、私は椅子に座ったままクロタキさんが消えて行った方をぼんやりと眺めることしかできない。お尻に強力な接着剤が付いているみたいに椅子から離れることは永遠にできないんじゃないかと思った。

「古都さん、あんな嘘を言って良かったの?」
「……はい」

 宿谷さんは顔をしかめながらもどこか優しい声を出す。器用な人だ。

「でも、あんな嘘柊一くんが信じるなんてよっぽどだな」
「よっぽど……」

 何がよっぽどなんだろう。とういうか、どうしてクロタキさんはあんな顔をしたんだろう。私から解放されて喜んでほしいくらいなのに。

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