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変人を好きになりました

第24章 それぞれの

「古都さん」

 誰かの声がして目が覚める。薄暗い部屋を見回しても誰もいない。渋々ベッドから起き上がり、カーテンを開けるとそこにはまだ闇がどっしりと構えていて、東京の光の粒の額縁をしていた。
「どうしたってんだよ」
 先ほどの声が自分から発せられていたと気付くといたたまれなくなって髪を掻いた。
 もしかして古都さんのことを少なからず想ってしまっているのか、自分は。

「そんなはずないよな」
 声に出してみるけれど、その声は面白いくらい頼りなげだった。すぐ隣りの部屋で寝ている古都さんを想う。なんとかしようと思えばなんとかできるような物理的な距離。
 でも、彼女の心は自分の後輩から動くことはないだろう。


 それなのに、俺は何を想っているんだ……。
 妹である里香が日向古都という女性に怪我を負わしたと聞いてから古都さんのことを遠くから見守っていた。
 まだ少女の面影を残した若い女性だった。艶のある黒髪が胸まで流れ、毛先がやや内側に巻かれている。肌のきめが細かくて近くで見ても化粧で誤魔化しているのではないと分かる美肌に女性らしい曲線を描いた頬はピンク色をしていた。大きな黒目勝ちの瞳もすらりと筋の通った鼻、可愛らしい唇。どれをとっても愛らしいと思った。

 もし、役に立てるような時がくればすぐに動くつもりだった。そして、それはすぐにやってきた。
 古都さんは自分を責めている様子で柊一くんの元から離れようとしていた。俺は何も知らないふりをして近づいた。その時点では彼女のことは妹の被害者であって自分にも償う責任があるからという見方しかしていなかった。

 それが今はどうしたっていうんだ。
 一生懸命に仕事をこなす彼女を見ているうちに心惹かれたか?

 確かに彼女はすごくよく働くし、秘書としての能力もこの短い間でみるみる伸びて来ていた。これなら他の会社でも重宝されるくらいの人材だと周りも認めるくらいだ。
 でも、それが理由であるのなら、俺はもっとほかの女性にも惹かれているはずだった。

「もしかして俺は、羨ましいのか……」
 一途に。とてつもなく一途に純粋に想われている柊一くんが羨ましいんだ。
 寄って来る女といえば俺の肩書や家柄、それに容姿くらいしか見ていない。それが古都さんは柊一くんの心を愛しているように見えるではないか。

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