
変人を好きになりました
第25章 日時を定めて
「あ、あの……黒滝さんも入ってきてくださ……じゃなくて。入ってきて」
敬語をやめようにもそう簡単にはいかない。どうしてだろう。
黒滝さんはぎこちなく頷いてバスルームへ向かった。赤くなった顔を手でごしごしとこする。
さっきまで黒滝さんが座っていた椅子に置かれた小説を手に取る。江戸時代を舞台にしたコメディーとミステリーが上手い具合にまざりあった作品だ。
私の大好きなものだったけれど、どちらかと言うと若い女性に人気なものだ。黒滝さんには似合わない……と言っては語弊がありそうだが、黒滝さんが自ら進んで読むとは考えにくいものだった。そもそもフィクションの読み物を黒滝さんはあまり好ましくおもっていなかったのではないか。それなに、どうして?
そう考えながらも大好きな小説が目の前にあるのだ。
健康的な血液を十分に体に蓄えた人間を目の前にしてその肌に吸い付かない蚊がいないように、愛読書を目の前にしてその本を読まない愛読家はいない。
本を取り上げると椅子に座ってページをめくった。
「あ、ここ。やっぱりかっこいいなあ」とか「きゃー」「もーっ」と一人で奇声を発していると右肩を後ろから掴まれた。
驚いて振り返ると濡れた髪をした黒滝さんがいた。
息が止まる。
シャワーの湯のせいか上気した頬とバスローブから覗く胸の筋肉、首筋と喉仏がいつもより目立って見えた。
「古都さんは読書をしていると本当に何も聞こえなくなるんだな」
「え、あ。ごめんなさい、私つい読み始めちゃって」
1分くらいにしか感じていなかったのに、ページはいよいよ小説の中盤に差し掛かろうとしていた。私の読むペースはいつだかテレビで見た中国人の速読の達人並みなのだろうか。いや、そんなはずはない。
「いや。いい。でも、先に髪を乾かすべきだ。いくら温暖な気候とはいえ風邪をひく」
黒滝さんは私の手から小説をひょいと取り上げるとさりげなく手をひいてベッドルームに入って行った。
ドレッサーの前に座らされ、ドライヤーで髪を乾かされる。黒滝さんにこんなことさせられないと思い、何度も断ったのに黒滝さんは頑固にその手からドライヤーを離さなかった。
敬語をやめようにもそう簡単にはいかない。どうしてだろう。
黒滝さんはぎこちなく頷いてバスルームへ向かった。赤くなった顔を手でごしごしとこする。
さっきまで黒滝さんが座っていた椅子に置かれた小説を手に取る。江戸時代を舞台にしたコメディーとミステリーが上手い具合にまざりあった作品だ。
私の大好きなものだったけれど、どちらかと言うと若い女性に人気なものだ。黒滝さんには似合わない……と言っては語弊がありそうだが、黒滝さんが自ら進んで読むとは考えにくいものだった。そもそもフィクションの読み物を黒滝さんはあまり好ましくおもっていなかったのではないか。それなに、どうして?
そう考えながらも大好きな小説が目の前にあるのだ。
健康的な血液を十分に体に蓄えた人間を目の前にしてその肌に吸い付かない蚊がいないように、愛読書を目の前にしてその本を読まない愛読家はいない。
本を取り上げると椅子に座ってページをめくった。
「あ、ここ。やっぱりかっこいいなあ」とか「きゃー」「もーっ」と一人で奇声を発していると右肩を後ろから掴まれた。
驚いて振り返ると濡れた髪をした黒滝さんがいた。
息が止まる。
シャワーの湯のせいか上気した頬とバスローブから覗く胸の筋肉、首筋と喉仏がいつもより目立って見えた。
「古都さんは読書をしていると本当に何も聞こえなくなるんだな」
「え、あ。ごめんなさい、私つい読み始めちゃって」
1分くらいにしか感じていなかったのに、ページはいよいよ小説の中盤に差し掛かろうとしていた。私の読むペースはいつだかテレビで見た中国人の速読の達人並みなのだろうか。いや、そんなはずはない。
「いや。いい。でも、先に髪を乾かすべきだ。いくら温暖な気候とはいえ風邪をひく」
黒滝さんは私の手から小説をひょいと取り上げるとさりげなく手をひいてベッドルームに入って行った。
ドレッサーの前に座らされ、ドライヤーで髪を乾かされる。黒滝さんにこんなことさせられないと思い、何度も断ったのに黒滝さんは頑固にその手からドライヤーを離さなかった。
