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変人を好きになりました

第25章 日時を定めて

 満足げに頷いた黒滝さんに今すぐ抱きつきたいけれど、そうしようとしたらまた理性がどうのこうの言われそうだからやめておいた。
 黒滝さんは立ち上がると小さなお尻についた砂を払ってその手を私に差し出した。海に背を向けている黒滝さんの後ろから沈みかかった夕日が眩しく黒滝さんを照らしている。絵みたいだ。
 素直に手を重ねると優しい力で持ち上げられた。


 ホテルで食事をとった私たちは部屋に戻ってきていた。先にシャワーを浴びておいでと言うから素直に従って体を洗う。洗い終わって体を柔らかいタオルでくるんで、さて服を着ようと思って気が付いた。
 バッグから何も取り出さず、何も考えないままシャワーを浴びてしまったことに。

 情けない……。小学生じゃあるまいし、シャワー室を出れば確実に黒滝さんに見つかるし……。それに、バスタオルを体に巻きつけたままバッグの中から下着を探し出す姿なんて絶対に、何があっても黒滝さんだけには見せたくない。

 仕方なくバスルームに待機しているバスローブに手を伸ばした。
 そろりと出ていくと南国風の椅子に腰かけて窓の外を向いている黒滝さんの背中が見えた。自然と都会が上手くまじりあったハワイの夜景はなかなか美しい。
 黒滝さんは何か読んでいるのかときおりページをめくる音が聞こえる。読み物にしてはペースが速くはないだろうか。たぶん、研究関係のものだ。

「黒滝さん、シャワーどうぞ」
 声をかける。反応はない。
 黒滝さんが集中しているときは地震が起きようと部屋が燃えようと一向に気が付かないだろうと思われるほどの没頭ぶりを発揮する。

「黒滝さん」
 後ろから肩に触れると、ゆっくりこちらを向いた。
 ちらりと見えた本は意外なことに普通の文庫本だった。それも私がよく知っている小説だ。
「ああ、あがったのか」
 そこまで言って黒滝さんは目線を横に逸らした。
 自分がバスローブだけなのに気が付いた。海外では当たり前なのだろうけど、黒滝さんの生まれは日本だ。きっと私と同様に馴染みがあまりないのだろう。そう思って自分の胸元に手をやると少しばかり肌蹴ていた。
 これでは胸の谷間が黒滝さんに見えてしまったのだろう。私は赤面しながら胸元をなおした。

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