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変人を好きになりました

第1章 卵焼き

「土だ。靴の底に付着していた微量の土の成分が珍しいものだったからすぐに場所が特定できると思っていたんだが……見た通り時間がかかっている」
「誰の靴ですか」
「政府からの要請だから何も話すことはできない」
 ですよね。
 いつもそうだから、もう慣れっこだ。

 黒滝柊一、目の前にいるこの男は不思議な職業に就いている。
 本人曰く私立科学者というやつらしい。
 というか、やっていることはほぼ探偵なのだから私立探偵にすればと言うと、そうすると完全にアーサー・コナン・ドイルが生み出した架空の英雄になってしまうと言って拒否された。
 黒滝さんがシャーロック・ホームズなら、私はハドソン夫人か……。
 冗談じゃない。
 どうせならアイリーン・アドラーのほうがいい。

「黒滝さん、私にできることが卵焼き以外であったらなんでも言ってください」

 黒滝さんは長すぎる脚を組んで疲れた目で私を見た。
 目と目が合うと、私は動けなくなってしまう。それは鋭い目つきが私の全身を押さえつけるからという理由だけではないかもしれない。

「古都さんは地形学と地質学を極めた学者だったかな」
「い、いいえ」
 そんな学問とは全く縁がない。分かって聞くなんてやっぱり嫌味な人だ。
「それは残念」
 やけに最後の言葉を強調して言うと、空っぽになった皿を残して立ち上がった。

 私の前を通り過ぎる黒滝さんの背は高すぎて顔が見えない。

「どちらへ?」
「出かけてくる」

 そう言ってロングコートを羽織り、スカーフを首に巻く。
 首が長くて身長がやけに高いのでファッションに無頓着なくせに何を身に着けても似合ってしまうのが憎らしい。
「私の質問に答えてませんね。黒滝さんって日本語には弱いですよね」
 苛立った私はわざと彼の嫌がる言い方をしてみた。
 そして、まんまと彼はそれに食いついた。

「研究所に頼んでいた鑑定結果を聞きにいってくるんだ。別に日本語に弱いわけじゃないが、たいして語学を極める目的も分からないな」
「はいはい。行ってらっしゃいませ」
 私が少し舌を出して見せると黒滝さんは眉間に皺を寄せた。


「行ってくる」

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