
変人を好きになりました
第1章 卵焼き
「ただいま」
「おかえりなさい。はい、どうぞ」
彼が帰ってきそうな時間になると私は玄関の掃除をし出す。これは習慣のようなものになっている。
私はタオルを差し出し、彼の持っていた黒い傘を預かった。
「まだ随分降ってるみたいですね」
「おかげで土が採取できない。雨に含まれてるカビが邪魔をする」
黒滝さんのコートを脱ぐ手伝いをしていると、彼の妻にでもなったような錯覚を起こした。ずっとこのままの関係が続けばいいと願ってしまう自分がいた。
「それで? なにか進展はありましたか?」
黒滝さんは口元を歪ませて笑った。これは機嫌が良い時の笑顔だ。
「あったあった。もうすぐそこまで来てる。明日には片付く」
「よかった」
これ以上、卵焼き生活を送られてはいよいよ救急車を呼ぶ準備をいつでもしておく必要があると考えていたところだった。
元々細い身体がここ数週間でさらに痩せ細っていくのを毎日見るだけというのは辛かった。
当の本人は飄々としていたから、私の心配になんて気が付いていないだろうけれど。
「なぜ君が喜ぶ?」と聞いた黒滝さんを無視して口を開く。
「明日仕事が終わったら何が食べたいですか?」
「肉じゃが、コロッケ、カキフライ」
苦笑いが漏れた。
いつものメニューだ。
「わかりました。用意しておきますから、明日までには終わらしてくださいね。揚げ物って置いておくと美味しくなくなっちゃうんですからね」
黒滝さんは無表情に頷いて二階の部屋に行った。
彼の後ろ姿をぼんやり眺めていると胸が締め付けられる。
「あれ」
こんな痛みを感じたのは初めてではない。彼を見るたびに感じる。
これが何を意味するのか薄々気が付いてはいたけれど、今回は相手が悪すぎる。
「なんで、よりによって冷徹科学者なんかに……」
「おかえりなさい。はい、どうぞ」
彼が帰ってきそうな時間になると私は玄関の掃除をし出す。これは習慣のようなものになっている。
私はタオルを差し出し、彼の持っていた黒い傘を預かった。
「まだ随分降ってるみたいですね」
「おかげで土が採取できない。雨に含まれてるカビが邪魔をする」
黒滝さんのコートを脱ぐ手伝いをしていると、彼の妻にでもなったような錯覚を起こした。ずっとこのままの関係が続けばいいと願ってしまう自分がいた。
「それで? なにか進展はありましたか?」
黒滝さんは口元を歪ませて笑った。これは機嫌が良い時の笑顔だ。
「あったあった。もうすぐそこまで来てる。明日には片付く」
「よかった」
これ以上、卵焼き生活を送られてはいよいよ救急車を呼ぶ準備をいつでもしておく必要があると考えていたところだった。
元々細い身体がここ数週間でさらに痩せ細っていくのを毎日見るだけというのは辛かった。
当の本人は飄々としていたから、私の心配になんて気が付いていないだろうけれど。
「なぜ君が喜ぶ?」と聞いた黒滝さんを無視して口を開く。
「明日仕事が終わったら何が食べたいですか?」
「肉じゃが、コロッケ、カキフライ」
苦笑いが漏れた。
いつものメニューだ。
「わかりました。用意しておきますから、明日までには終わらしてくださいね。揚げ物って置いておくと美味しくなくなっちゃうんですからね」
黒滝さんは無表情に頷いて二階の部屋に行った。
彼の後ろ姿をぼんやり眺めていると胸が締め付けられる。
「あれ」
こんな痛みを感じたのは初めてではない。彼を見るたびに感じる。
これが何を意味するのか薄々気が付いてはいたけれど、今回は相手が悪すぎる。
「なんで、よりによって冷徹科学者なんかに……」
