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変人を好きになりました

第9章 たまご粥

 部屋の中はイギリスらしさが感じられる。歴史の感じる家具がいい意味で密集している。

「黒滝さん、どうしてボディガードになんか」
「そうするのが君に近付く一番の方法だと思ったからだ」
 小さなキッチンでお湯を沸かし始める黒滝さん。黒滝さんがキッチンに立ってるのを見るのは初めてだ。

「どうして近づく必要があったんですか? 里香さんは?」
 悪戯に近付いて私を乱さないでほしい。
 これ以上、傷つけようなんてどうして思えるのだろう。
「空良と本当に結婚するのか」
「私の質問に答えてっ」
 気付くと怒鳴ってしまっていた。
「……里香はホテルにいる。今度は僕の質問に答えろ。空良のことを愛しているのか」
 私は答えに詰まる。だいたい自分はそんな適当な返事しておいて質問で返すなんて不公平だ。でも、この人にはそんな価値観存在しないのだろう。
「分からない。好きだけど、それが異性としての感情ではないと思う。でも、空良くんといたら私」
 黒滝さんのことを忘れられる気がする。
 そんなこと言えるはずがないでしょう。
 だから、少し言葉をかえた。
「幸せなの」
 黒滝さんは俯いて黙った。
 いつも人のことを観察している黒滝さんが床を見つめるなんて珍しい。
「そうか」

 どうして、顔を上げて私の今の情けない顔を見ていつもみたいに推測してくれないのだろう。
 そしたら、私の気持ちにも気が付いてくれるのに。

 それとも、気付きたくないの?

「どうして、顔を見てくれないんですか?」
 そう問う私の声が震えているのは、たぶん泣きそうになっているからだ。
 黒滝さんはサングラスを外してから一度も私の目を見てくれない。いつもなら、観察するようにつま先から髪の毛までじっくり見つめられるのに。
「見たく……ないからだ」
 目を合わせないまま紅茶のはいったカップをテーブルに置いた黒滝さんの整った横顔がやけに冷たく見えた。



 見たくない。


 それがどういう意味を指しているのかなんて、いくら馬鹿な私だって察する必要があるだろう。
 私は好かれていない、ではなくて……嫌われているらしい。

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