
変人を好きになりました
第9章 たまご粥
彼が一声かけると自然と道ができた。頼りになる。
「ありがとうございます」
私を誘導するように道を作る彼に向かって礼を言うけれど、そんな言葉を聞こえていないように口元ひとつ動かさないまま長い脚を前に運ぶ。
人だかりを過ぎ去ってもどこか目的地があるかのようにずんずんと進む。
どこへ向かっているのだろう?
「あの……」
「ここは人が多くて危険なので、別の場所へ移動します」
帰ってきた返事は流暢な英語で、この人がイギリス人なのだと気が付いた。
確かに日本人離れした体型で肌が白い。
「はい」
私は素直に頷いて彼に従った。
別の場所に移動するなんて聞いたから少し違う道にはいるだけなのかと思ったら結構な距離を歩くことになった。
買い出しに行くだけだからと古城ホテルにいた時のままの恰好で出てきた私の足が悲鳴をあげる。長距離を歩くのに履きなれていないお姫様のようなハイヒールが足の指先とかかとを攻撃してくる。
痛い……。
それでも、前を一寸の迷いもなく歩くボディーガードさんの後を必死についていく。
綺麗な姿勢のまま歩いていた大きな背中が突然止まった。
そして振り返る。
サングラスで表情が分からない。
微かに顔を下に向けると言った。
「少し休憩しましょう」
連れてこられたのは普通の民家だった。
何事もないようにポケットから鍵のようなものを取り出して、扉を開くボディガードさんに首を傾げた。
「あの……ここは?」
玄関に入ってすぐさま内から鍵がつけられた。
嫌な予感がして、彼から後ずさった。
「馬鹿だな」
「え?」
聞こえてきた言葉は紛れもない日本語で、私は瞬きを繰り返す。
彼の指がサングラスをはずして、床に放り投げた。
怒っている顔が現れて私は息を呑んだ。
「黒滝さん!? 何してるんですか?」
すごく怒ってる……。
「いくらボディガードとはいえ、男にのこのこついて行くなんて危機意識がなさすぎる」
「なんでこんなことしてるんですか?」
黒滝さんが靴のまま部屋の中に足を踏み入れる。
「ここは僕のイギリスの家だ。どうぞ」
「え、ちょっと」
押されるようにして部屋に入れられる。
