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変人を好きになりました

第14章 消えた光

「あの」と恐る恐る回らない口で僕の顔を見た古都さんの表情は明らかに怯えていた。


 無理もない。あの女が古都さんの顔めがけて鋭く尖ったガラスの破片を投げつけた所で意識を失った彼女は何がどうなっているのかまだよく分からないのだろう。

 僕は古都さんの顔をゆっくり撫でた。彼女の塞がれていないほうの瞳が僕を2.5秒見つめてから、ふっと逸れて右上をさまよう。
 古都さんは右利き。右利きの人間が視線を右上へ持っていくほとんどの場合、視覚的な記憶を呼び起こそうとしているというデータがある。どういうことだろう。

 とりあえず、混乱している古都さんを落ち着かせたい。……正直、混乱して怯えている古都さんが不謹慎にも可愛くて仕方ない。

 こんなことになってしまった原因である自分が彼女に触れるのはどうかと思ったけれど、古都さんの顔を見ていると自分を抑えられない。


 少し角度のついた状態で横になる彼女の髪にすっと指を滑らせ、そのまま頬の輪郭をなぞる。 
 古都さんは僕に触れられて身体をびくっと震えさせた。胸がきりきりと痛む。
 美しい眉を歪め、大きな丸い瞳で僕を見つめる古都さんに吸い込まれてしまいそうになる。
 桃色のふっくらとした唇が開かれた。

「あなたは……?」

「え?」

 何を言っているのだ。どうして僕相手に英語で喋りかけるのだ。

「もしかして、私……何か事故に巻き込まれたんでしょうか? 私は日本に住んでいたんですけど……ここは?」
 まだ口が言うことを聞かないのか時々大きく息を吸ったり吐いたりしながらなのに流暢な英語だと分かる。言い切ると僕の顔をじっと見つめた。左右均等の表情。右側の顔も不自然ではない。右側は表情を作るのが難しい。
つまり、顔を作っていない、嘘や冗談を言っているわけじゃないらしい。


「あなたは助けて下さった方とか?」

 本気か?
 一昨日、僕のことをまっすぐに見つめていた古都が今は僕のことをまるで見知らぬ人のように見ている。

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