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変人を好きになりました

第14章 消えた光

 立ち去ろうとしていたドクター達が彼女の不自然な言葉に驚いてぞろぞろと戻ってくる。


「ここにあなたのお名前を書いてもらえますか?」
 そう言ってまだ若いドクターは手にしていたノートの一枚を器用に破き、胸ポケットに差していたボールペンを差し出した。
 古都さんは額に皺を寄せたが、素直にそれに従った。

 書きなれているのか彼女の文字は美しくサラサラとペンを走らせた。ボールペンの使い方、薄い紙だと字が書きにくいから紙を半分に折る所、そこを見ても日常的な知識は忘却していないのが分かる。


<KOTO HYUGA>と書いた下に<日向古都>と付け加え不安そうにドクターにその紙を見せた。
 言語記憶に障害はない。

「それでは、あなたの年齢、家族構成、それから日本の住所を教えていただけますか?」

 少し早口でまくしたてるように次々と質問をする。短期記憶の確認も含まれているのだろう。年齢、家族、日本の住所。最初の質問に答えているうちに次の質問は何だったか忘れるようでは短期記憶も危ない。

「20歳です」


 迷いなく彼女が答えた数字は僕を戸惑わせた。彼女は今22歳なのだから。古都さんは何とも疑問に思わないように先を続ける。

「家族は今は……いません。母は私が産まれてすぐに亡くなって、祖母は私が中学生の時に高齢で……。父が育ててくれたんですが、その父も2年前に癌で他界しました」


 古都さん自身の口から聞くのは初めてで、僕はその情報に奥歯を噛みしめる。ここまで不運に見舞われているというのに、まだ彼女を苦しめるなんて……。
 そう思ったのは僕だけではなかったらしく、ドクターやナース達も首を横に振って息を吐き出していた。古都さんは同情されるのが嫌なのか間を空けずに口を開く。


 そして、僕が古都さんと住んでいた家の住所もさらっと言ってのけた彼女にゆっくりと焦らせないよう質問をしていくと、驚いたことに彼女の記憶がないのは僕が1年半前、古都さんの家に住みついてからだということが分かってきた。なぜ。


 目の前が真っ暗になった。

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