それで、また会ってる。
第1章 冷たい手
ナイフの件は何事もなく済んだものの、翌日の朝に思いがけない口論が起こった。
「は。バ、バイト?」
午前八時。
俊紀が目覚めてからリビングへ行くと、そこには制服を着た夕都がいた。
怪我の痛みが和らいだようだからてっきり学校へ行くんだろうと思ったのに、夕都が話した行き先は予想と反するものだった。
「そう。俺は今、学校よりバイトの優先しないと。俊紀さんに生活費も早く渡したいし」
「でもお前が行ってる高校は全日制だろ?」
俊紀は光の速さで夕都の外出を食い止める。
「そうだけど?」
夕都はあっけらかんと返事をした。
「なら学校を優先しな! 生活費はもう少し回復してからでいいから」
「そういう訳にはいかないよ、大丈夫だって。学校は別に……真面目な話、卒業できる気がしないんだよね。頭悪いし」
夕都は鞄を持って玄関へ向かおうとしたが、それを先回りした俊紀に阻まれる。
「待て待て、早まんなよ。高校は大事だぞ。一時の感情で将来を棒に振るなって」
「感情の問題じゃなくて、俺勉強ができないんだよ。行ってもしょうがないって」
「真面目に行ってれば卒業はできるだろ? あと、何も勉強だけじゃない。友達と遊んだりしてさ……思い出をつくんなきゃ」
それがいつか、良かったと思える時がくる。彼はまだ十六歳で、これから楽しい事がたくさんあるはずだから、そこは必死に説得した。
しかしやはり、彼にはいまいち響かない。
「友達なんて……もう当分いらないよ」
夕都は俊紀の横をすり抜け、あくまで玄関へと向かう。
「おい、夕都っ」
「大体、俺が学校行かなくても俊紀さんには関係ないだろ。それで迷惑がかかるわけでもないんだし」
確かに、それはそうだけど。
でもなぁ……。このまま見過ごしていいんだろうか。
玄関にたどり着き、夕都は靴に履き替えようとした。
が、急いだ為か靴が前に滑り、勢いあまって頭から倒れこんでしまった。やっぱこいつ、色々そそっかしいな。
「あぁあ!! いったい!!」
「はぁ……大丈夫か?」
俊紀はすぐに屈み、夕都を抱き起こした。お互いの顔が真正面にあるような体勢になり、二人は目が合う。
「…………」
それが何秒続いたか分からないが、まるで時間が止まってしまったようだった。