それで、また会ってる。
第1章 冷たい手
「でもそういう話よく聞くし、珍しくないんじゃない? 近代的っていうか禁断的っていうか……うん、そういうのもアリじゃないかな。俺は偏見ないよ」
夕都は無表情で壁を見つめながら何か言っている。
俊紀は何とも言えない気持ちにさせられた。ある意味、社会人になってから一番困った事態に陥っていた。
「大丈夫だよ、俊紀さん。人の目なんか気にしないで。俊紀さんのさらなるご活躍を祈って、俺はバイトへ行ってきます」
「待てコラ!」
流れに乗じて抜け出そうとした夕都だったが、寸での所で引き止めることができた。
「ちょっ離してよ。心配しなくても誰にも言わないって!」
「もう完全に俺が同性愛者であること前提で話進めてんじゃんか! 勘違いするなよ、今は女しか相手しないんだから……」
「今は?」
すかさず夕都は反復した。
やばっバカした……!
墓穴を掘った俊紀は絶望的な状況に陥り、目眩が起きそうだった。もう言い訳は通用しないだろう。
しかし夕都は特に変わった様子も見せず、スマホの画面を見て嘆息をもらした。
「あぁもう、バスの時間過ぎちゃったよ。俊紀さんが素直に認めてれば済む話だったのに」
夕都は鞄を床に置き、リビングへと引き返した。俊紀もそれに続いて部屋に戻る。
「大体、何の話してたんだっけ。俊紀さんの性癖について?」
「ぶっ飛ばすぞ。お前の学校の話!」
「それだ。俺は定時制に移るよ。その方が色々と都合がいいから」
「親御さんは了承してるのか」
俊紀は冷蔵庫から飲み物を取り出し、夕都にも手渡した。
「だから俺は親いないって。学費は兄貴が払ってるから兄貴に話す」
夕都は一気にジュースを飲み干した。
本当に興味がないのか、俊紀の眼には夕都が他人の話をしている様に見えた。
「お兄さんがいたんだな。今別々で暮らしてるって事は、結婚してんのか?」
「いや、してないよ。多分一生できないと思う」
「おいおい、それは分かんないだろ」
「分かる。できないよ」
確信してるような夕都の物言いに少し引っかかるものを感じたが、そこは突っ込まないでおいた。
……というか、絶対に干渉させないという態度が露になっていたから。