それで、また会ってる。
第1章 冷たい手
「あれ、マジで抵抗しないんだ。もっかい訊くけど本当にいいんだね?」
凍りついていた空気が解凍される。ギリギリまで顔を近付けておきながら、夕都は顔を上げて再確認してきた。
「なんだよ、やるのかやらないのかどっち……じゃない、駄目に決まってんだろ!」
戸惑いのあまり危うく失言する所だった。絶対そっちに進んじゃいけないって、自分に言い聞かす。
元々。別に好き同士なんかじゃない。だから変な事はしちゃいけない。……と思っていた、たった今まで。
咳払いして、動揺を誤魔化した。
「俺はもう出る……!」
これ以上一緒にいたら貞操の危機だ。年下から逃げるのは癪だが、まともに取り合ってたら身がもたない。扉の取っ手を掴んだ。
大体が、一般人が同性愛者に変わることなんてできやしないんだ。
すぐに限界が見えて、こいつから去っていく。……でもそれでいい。それでまた、俺は傷付かない平和な日々を送れる。
「待って、俊紀さん。出る前に一つだけお願いしていい?」
「やだけど……聞くだけ聞くよ」
渋々答えると、夕都は気分を害するでもなくただ笑った。
「俺の頭洗ってよ」
「は」
予想外の注文。虚を突かれた気分で夕都の方を振り向く。
「やましい考えはないよ、命懸ける。……ただ、誰かに洗ってもらうと自分で洗うより百倍気持ちいいんだ」
「へぇ。じゃあ、今まで付き合った彼女にもやってもらってたのか?」
「まさか。やってもらいたいと思ったことがないよ。けど今初めて、好きな人にやってもらいたいと思った。俺が今好きな人に」
夕都は身を乗り出してシャンプーを取った。
「やっぱり、駄目?」
「……」
何で“お願い”に弱いのかな、俺…… 。
ため息を吐きたい気持ちを堪え、夕都からシャンプーを受け取って頭を洗い始めた。
「思ったより髪傷んでないな。何回くらい染め直してんだ」
「さぁ、覚えてないや。でもメッチャ気持ちいい」
「……最後に洗ってもらったのは誰なんだよ。さっきのセリフ的には、恋人じゃないんだろ?」
「うん、最後は確か兄貴だな。すごい昔で……それですごい良かったんだけど」
夕都は静かに眼を伏せて、洗っている俊紀の手の上に自身の手を重ねた。
「俊紀さんのは、すごい落ち着く……」