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それでも、私は生きてきた

第73章 残された記憶

麻酔交換の影響なのか、

また少しの間、意識はなくなっていた。


また、すーっと
耳が鮮明に音を拾いだす。


目は開かない。

ピクピクと開きそうで開かない動きをしていたのを、看護婦さんがすぐ気づく。


先生…、また、目が…。

意識戻ってる!?

目は開いてないけどピクピク動いてる…。意識は戻ってるかもしれません。

麻酔変えて何分だ?

…5分弱です。



会話はしっかりと聞こえている。


先生は手を止めずに、カチャカチャと金属音を鳴らしながら、

これ以上強い麻酔は危ないだろう…このまま続ける。患者の反応は、よく見てて。

わかりました。


その言葉を聞いた時に、開かない目から涙がこぼれ落ちた感覚を皮膚が感じとる。

看護婦さんが優しくオデコにサッと触れてくれた感触を感じた。




カチャカチャと金属音が鳴り響く中、

私の体から流れ落ちる感触。

生理の時のような感覚…。

血の塊が膣の中を通って出てきたような感触…


赤ちゃんが…
私の中から出てしまったんだ…


そう思った瞬間、
意識が遠のいた。


と、同時に、


先生!血圧!

と大きな声で看護婦さんが叫んだ。
遠のいた意識が戻る。

ずっと鳴り響いていた、ピッピッ…とゆう機械音。
ピピピピッと小刻みにきこえてきた。



先生!


あとは処置だけだ…万が一は運ぶって救急連絡しといて!



何が起きているのかは、頭の中ではわからなかった。


とにかく、先生達は焦っていて。

私の中から赤ちゃんは居なくなった事はわかっていて。

なんとなく自分の容態は危ないのかな、と思って。


そこで意識は途切れた。




気がつくと、

持参したナプキンを付けた下着を履いていて、

看護婦さん達に抱えられながら移動中だった。


頭の中はモヤモヤした霧がかかったような感覚で。

足は地面についているのかどうかの感覚はない。

口からヨダレが流れ落ちているのがわかる。


唇を閉じる力もなく、カクンカクンと頭が揺れる。


ヨダレを垂らしながら、

あかちゃん…あかちゃん…


と、ロレツの回らない口調で呟いたのは覚えている…。

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