『幼なじみ』
第44章 忘却
「・・・たく・・・や・・・?」
ドス黒く腫れた瞼から
眼球を細く覗かせ・・・
病室の天井を・・・
見つめたままの拓弥が・・・
不思議なことに・・・
蚊の鳴くような声で
ぼんやりと・・・
自分の名前を口にする・・・。
「た・・・拓弥・・・?
どうしたの・・・?
ねぇ・・・分かる・・・?
あたし・・・悠希だよ・・・?
もう・・・大丈夫・・・
ここ病院だし・・・
怪我だって・・・
すぐ治るって・・・
先生言ってたから・・・
安心して・・・?
ね・・・?
た・・・拓・・・弥・・・?」
あたしの顔に・・・
そっと視線を・・・
投げ掛けながらも・・・
次なる一言を・・・
一向に発そうとしない・・・
拓弥の不審な様子を・・・
目の当たりにした
あたしは・・・
とてつもない・・・
不安感に煽られ・・・
軽く握っていた
拓弥の左手に・・・
ギュッと・・・
力を込めてしまう・・・。
すると・・・
そんなあたしの手を・・・
パッと振り払い・・・
ピクピクと・・・
口角を痙攣させた
拓弥が・・・
驚くべき台詞を
口にし始めた・・・。
「ご・・・ご・・・め・・・ん・・・
俺・・・
自分が・・・誰・・・だか・・・
分からない・・・んだ・・・
君は・・・
ゆう・・・き・・・ちゃんって・・・
人なん・・・だ・・・ね・・・?
悪いん・・・だけど・・・
看護婦・・・さん・・・
呼んで・・・来て・・・
もら・・・える・・・かな・・・?」
一瞬にして・・・
あたしの視界が・・・
暗い闇に包まれて行く・・・。
『まさか・・・
そ・・・そん・・・な・・・』
担当の医師が・・・
想定していた・・・
頭の傷の後遺症である
記憶喪失に・・・
完全に陥ってしまった
目の前の拓弥を・・・
なかなか・・・
受け入れられない
あたしは・・・
愕然としたまま・・・
ベッドの上に
置き去りにされた
自分の左手を・・・
静かに戻すしか
出来ないでいた・・・。