テキストサイズ

月琴~つきのこと~

第1章 第一話【宵の月】 一

 今年は冬の寒さが殊の外厳しかったせいか、桜の開花も大幅に遅れたものの、卯月になってからの陽気で一挙に蕾が膨らんだ。一昨日辺りから開き始めた蕾は今やっと二分咲きというところである。小文は物心ついた頃から、桜の花が大好きであった。特に裏庭の桜が大のお気に入りだ。
 訪れる者とておらぬのに、桜は毎年春になる度に、見事な花を咲かせる。見る人がいなくても、凛とした佇まいで己れの花を咲かせる。その姿に、小文は幼心に強い憧れを抱いていた。我が身もまた、あの桜のように、たとえ見る人がおらずとも凛として精一杯の花を咲かせたいと思うのだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ