
春の風
第8章 手に入らぬ心 side.林檎
「ごめんなさい。」
わたしは、なんど、彼にごめんなさいを言って。
彼は何度わたしを叱っただろうか。
それは、もう数えきれないほどであり。
お互いを愛する気持ちは無くなってしまったのだと思う。
価値観、育ち、知性。
すべてがこの人とは違うのだと思い知らされるたび、惨めだけれど、恩だけでわたしはこの人と一緒にいる。
少なくとも今は。
かつては違っただろうか。
いや、それもない。彼とは親の計らいによる出会いだった。
彼女は、彼を愛していたが、彼は違うのだ。
かつても。現在も。
彼にとってわたしは、ただ迷惑な存在だ。
そう、彼女、林檎は、感じてきた。
幾度も自らを変えようとしてきた。
努力してきた。
彼に愛されたくて。
だけど、あの人がわたしを見ることが無いのだ、と悟ると、いつしか。
そんな日常に慣れていた。
