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霧と繭

第1章 ―

 浩美の嫌がらせは、最初は実に単純なものだった。キャンパスで俊二と私が話をしていると、無理やりそこに割り込んでくる。私のことを泥棒猫と罵り、他人に私の悪い噂を言い広める。どうも彼女は頭の構造がよくないようで、そのようなことをしたらかえって俊二に嫌われてしまうということがわかっていないようだった。

 六月のとある木曜日のことだった。二時限目と三時限目の間に、俊二が沈んだ様子で私に相談してきた。朝目覚めると、部屋の壁が一面真っ赤だったそうだ。私はてっきり血なのかと思って驚いたが、彼によるとそれはどうやら口紅だったそうだ。部屋の壁を口紅で真っ赤に塗りたくられる。なんとも恐ろしい話だった。私だったらショックで学校を休んでしまうだろう。男である俊二は、もちろん口紅なんて持っていなかった。彼の話によると、犯人は浩美だろうとのことだった。彼女は夜、俊二が寝ている間に家に侵入して部屋の壁に口紅を塗り、そのまま帰っていったのだ。俊二は浩美とまだ愛し合っていた時に、家のカギを渡してしまっていた。浩美はいつでも自分の家に入ることができ、犯人は彼女しかいないはずだ。そう俊二は言った。どうやら相当にショックを受けていたようで、それから大きくため息をついて頭を抱えた。無断に家に入られ、しかも壁に口紅を塗られる。そして俊二には何も言わずに、黙って家を出ていく。私もその時の浩美の異常な行動には、恐怖を覚えた。いったい何を思ってそのようなことをしたのだろうか。これからもこのようなことが続いたのならば、部屋のカギを変える。俊二はそのように言った。

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