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霧と繭

第1章 ―

 その事件の少し前に俊二は、ここ最近は浩美に会っていないと私に言っていた。それは私も同様だった。浩美とは一部の講義がかぶっていたのに、その頃彼女の姿はまったく見なかった。それより前は私と俊二がこうやって話をしているだけで、突っかかってきたというのに。単に私と会うのを嫌がって同じ講義をさぼっているだけなのか、学校にすら来ていないのか、それはわからなかった。俊二はというと、以前は毎日のように電話がかかってきたのに、それもぱったりなくなっていたことを心配していた。普通ならばやっと愛想を尽かしてくれたのかと喜ぶところなのだろうけれど、浩美が学校に来ていないのかもしれないとすると、彼はとても不安になるそうだった。もしや浩美の身に何かあったのではないか、彼はそんな心配をしていた。

 この事件は、そんな心配の矢先に起こった。浩美の精神はだいぶまいっていたようだった。正常ならば、昔の男の部屋の壁に口紅を塗るなどということは絶対にしないだろう。俊二は自分が浩美をそんなところまで追い込んでしまったのかもしれないと、大変ショックを受けていた。気にすることはないわ、あなたはちっとも悪くないから。私はそう言って彼を励ましてあげた。その一言が多少は救いとなったようで、彼は私の手を握って何度もありがとうと感謝を述べた。
 
 私は気になって何人かの友人に浩美について聞いてみた。彼女たちの話によると、誰も最近は浩美を見ていないとのことだった。これはあくまでもその時に聞いた噂なのだが、ここ二週間ほど浩美は家の中から出ていないらしい、とのことだった。少なくとも学校に来ていないのは間違いないようだった。お人好しな俊二はあの女に同情していたけれど、その時の私はちっともかわいそうだなんて思わなかった。あいつは私にも電話をかけてきたり、様々な嫌がらせをしてきたからだ。引きこもりになっても私は絶対に同情なんてしないと決心し、腹の底から惨めな浩美を笑ってやった。ひとりの男に依存しすぎるから、このようなことになるのだと、ひたすら心の中で笑ってやった。

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